第10話 母は強しでち

鈴木母は夕食を作り出した。

鈴木母のおかげで部屋も暖まり凍死はまぬがれた俺。


台所で夕飯を作る包丁の音が聞こえる。鈴木が俺を好みだということはハムスターに転生した俺。叶わね恋。切ねえ。


台所からはカレーの甘辛な匂いがしてくる。


カレーもラーメンもコンビニ弁当もとにかく人間の食べ物が食いてえ。


目の前には健康のためのペレットと水と無惨にガサツな鈴木に千切られたブロッコリーのみだ。


動物が人間の食べ物が駄目なのを知っているが、食いたい、から揚げもジャンクフードも。


鈴木母が来たと思ったら、「カレーの材料の余った茹でたお肉だけど食べるかしら?」

そう言ってケージ越しから、一切れの肉を入れてくれた。俺はぶんどるようにモフモフの両手で抑えて肉をガツガツ食いだした。


うめえええ!

人間の時に歳暮で送られてきた神戸牛よりうめえ!


「あらあら、お腹すいてたのね」

鈴木母は、孫を見るように微笑んでいたが、食べられる量をガツガツ食い、残りは頬袋につめこんだ。ハムスターの体も便利だ。


チャイムがなった。鈴木母がドアをあけると、そこにはあの八代ミツキがいた。


鈴木から話は聞いているのか、鈴木母の顔は怒りでどんどん赤くなっていく。


ハラハラしつつも、肉を食べるのが止まらん。


「あ、あの。ルカさんの家の合鍵を返しに...」

鈴木はあんな奴に合鍵まで渡していたのか。もぐもぐタイムが止まらん。


バシンッと冬の張詰めた空気を破裂させるかのような音が響き、思わず俺は玄関を見る。近眼だからぼんやりとしか見えないが、鈴木母が八代に張り手をくらわせたらしい。


「いっ、いってえなあ!ババアがっ!」

八代の怒声にも怯まず、もう一発張り手の音がする。


「私がババアだろうが何だろうが言われるのは、かまわない!でも、あんたにとっては沢山の中の女なんでしょうが、私にとっては、たった一人のだいじな娘なんだよ!この人でなし!」

呆然としている八代をよそに、鍵を八代の手からもぎ取り「2度とルカには、会社以外ではなすんじゃないよ!クズ男ッ!」


バタンと勢いでドアは閉められた。母親の愛情に俺は思わず持っていた肉をぽとりと落とす。


ああ、母ちゃんってこんなだったけ?人間の時に働き出してから、年末年始の休みにしか実家には帰らなかった。


「もう!ルカもルカよ、佐々木平社員が亡くなった寂しさからあんなクズに引っかかるなんて!ねえ、サムちゃん!」

イライラしながらも。鈴木母は夕食を作る手を止めなかった。


何でも、こんなにも心に響いているのに涙がでないのだろう?ハムスターだからか。何で動物は泣かないのだろうか.....。


俺が死んでハムスターに転生した今、両親と兄貴と弟はどうなったのだろうか。


乳離れしたハムスターは単独行動だ。人間のように家族は一生一緒にはいられない。


人間よりも自立が早い。でも、俺の脳はまだ人間らしい気持ちを残していてくれているようだ。








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