第6話 酔いもさめざめ・・・

 大衆酒場は、イメージそのままだった。少し規模は小さいが、木製の小さい円卓がいくつか設置され、その周りには背もたれのない丸い椅子が並べられている。カウンター上には料理に使うであろう調味料などが乱雑に置かれ、机面には大小様々な無数のシミが残っている。


 およそ衛生的とはいえないが、それでも気にならないほどの趣があった。これこそが、求めていた異世界像といった感じで、ポンタが加入して以来の安心と納得が得られた。


「まあ、とりあえず飲みな。トラッツから歩いてきたんだろう?

 クセルっちゃんと来たってことは、それなりにペースも早かったろうし」


 マスターは、あたりをキョロキョロ見渡してばかりなのを見かねたのか、ジョッキいっぱいのビールを出してくれた。このジョッキもまた木製で、両手で持つような大きなサイズだった。正直こんなに飲める気はしないが、気分だけは最高だ。


「ありがとうございます! いただきます!」


 しかし、ビールといえば乾杯である。今隣にはポンタしかいないが、まあ乾杯くらいならいいだろう。そう思い振り返ると、彼は何の躊躇もなく一気にビールジョッキをあおっている最中だった。


「プッハアァァ!! マスター、これめっちゃ美味いよ!!」


 こいつは本当に・・・。ポンタというふざけた名前にして本当に良かった。呼ぶたびに憂さ晴らしできる。


 イライラしながら、一歩遅れてビールジョッキに口をつける。その瞬間、衝撃を受けた。元いた世界ではあまり好きではなかったためビールなどほとんど飲んでいなかったが、それを差し引いても一口でとても高品質なのだと感じた。


「そりゃあ、『ニアーグの村』から直送で仕入れた一級品だからね。

 味も鮮度も、王都にだってそうそうないよ!」


「そんなに良質なものを・・・。あの、お金あまり持っていないのですが・・・」


 嘘だ。本当は一文無しだ。お金の単位すら、ついさっきのマスターとエウクセルのやり取りで知ったくらいなのだから。


「いいよいいよ。キミたちは一見さんだし、何よりクセルっちゃんの紹介だ。

 彼が穀物輸送の護衛しなければ、僕だってこのビールを提供できないんだからね」


 なるほど、エウクセルはやはり想像以上にこの地域への貢献度が高いらしい。集会所でも酒場でも、彼を見てヒソヒソ話す者が多かった。初めはアンナとポンタのことを言っているのかと思っていたが、おそらくエウクセルを見てのことだったのだろう。


 それにしても、本当にビールが美味しい。きめ細かい泡は時間が経っても抜けず、ビール独特の後味の苦さがほとんどない。ビール好きでもないのに、ジョッキ一杯分をものの数分で飲み干してしまった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「ポンタはさ、何か思い出したの?」


 適度にアルコールが効いているのだろうか。先ほどまでのイラつきはどこへやら、ふわふわした状態でアンナは不意にポンタに話しかけた。


「ん〜、そうだなぁ。特には、かなぁ」


 しかしこちらも酔ってのことなのか、普段と変わらない飄々とした様子で答えた。


「・・・ポンタ、私気になっていることがあるんだけどさ」


「なに?」


 ポンタは何者なのか。どこから来て、どういう人生を送ってきたのか。この世界に来てから出会った人間は、少なくともそれなりに人生の積み重ねを感じる者ばかりだ。当然といえば当然なのだが、アンナのように何かを隠している、といった様子がないのだ。


 唯一あるとすれば、この男だけである。


「ポンタって、この世界の人間なの?」


 酔いが回っているのだろう。何のオブラートにも包まず、ド直球に尋ねた。しかしポンタは、顔色ひとつ変えることはなかった。


「何それ! アンナちゃん酔いすぎでしょ!

 まさか他の世界があるわけもないのに!」


「私は、本気で訊いてるの」


 笑い飛ばそうとするポンタに、アンナはさらに詰め寄った。その顔の距離は、およそ10cmほどにまで肉薄していた。


 しかしそれでも。


「アンナちゃんってさ、可愛い顔してるよね」


 彼はなおも、おどけて笑った。


「・・・何それ」


「なんていうかさ。俺、アンナちゃんの顔好きだな」


「なに? 顔しか見てないってこと?」


「そうじゃなくって。何だか、不思議な気持ちになるんだ」


 こいつはなにを言っているんだ。まさかとは思うが、想いを寄せているというのか? だとしたら全くもってごめんだ。


「・・・私のこと、好きになんかならないでよ。めんどいし」


「え〜、だめ?」


「だめ」


「やだ。そう言われると好きになっちゃう」


「・・・きも」


 溜息が出る。真面目に彼の転生説を疑っていたのがバカらしくなった。こいつは転生者なんかじゃない。本当にただのバカで、多分どこか崖からでも落ちて頭を打って、記憶もネジも飛んでしまったのだろう。


 そこからは、エウクセルが帰ってくるまで一切言葉を交わすことはなかった。ポンタはマスターと延々と話していたが、アンナはいつしか深い眠りに誘われ、そのままカウンターに突っ伏してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したのに平凡なスキルしか無いので、ポンコツ戦士と最強を目指します ボールペン @kugelschreiber112

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ