第5話 大衆酒場!
脱獄犯。その響きだけでも恐ろしいことこの上ないが、どうやらその脱獄犯というのはただの逃亡者というわけでもないらしい。
「逃げ出した牢獄は、王都ラティパックの近隣にある『ノサープ大牢』だ。これは由々しきことだな・・・」
つい数刻前までポンタとふざけていたのに、打って変わって真剣な面持ちで、エウクセルはそう呟くように言った。
「大牢ってことは、それだけ厳重なところということですか・・・?」
恐る恐る尋ねると、エウクセルは首を横に振った。
「厳重なんてものじゃない。王国内でも、最高レベルの大犯罪者が収容される牢獄だよ。それこそ、国家転覆を本気でしかけたような、ね」
国家転覆罪。名前はよく聞くが、大体冤罪などで使われる単語だと思っていた。しかけた、ということは実際に国家を揺るがすほどの大罪を行ったということか。
「依頼内容も、捕縛対象の生死は問わないと書いてある。つまり、生かして捕らえられるほど容易な相手ではないということだね」
眩暈がしてきた。確かに異世界モノでは序盤でめちゃくちゃ強い敵と戦うという展開はよくある話だが、それはチート能力を持った上での話だ。今この時点で何ができる? 焚き火を焚くことくらいなもんだぞこっちは。
「受付のお姉さんも言ってたけどさ。要は足止めして、王国の使者ってのが来るまで留まらせればいいんだろ?
無理して戦う必要もないんじゃないか?」
ふと口を挟んだポンタの意見に、思わず目を見開いた。その通りじゃん。やるじゃん、ポンコツのくせに。
「たとえば、遠方から見張っておいて、移動できないように木を倒したり罠を仕掛けたりしておけばいいんじゃないですか?」
いくら国家転覆させかねない凶悪犯といえど、所詮は人間だ。土砂崩れや倒木など、大自然の力には到底及ぶまい。
「う〜ん、まあそれなら⭐︎4なんて難度にはならないと思うんだよね。
まあどちらにせよ、これはあまりに危険すぎる依頼だからね。キミたちはこのドノセスの町で待機していてくれればいいよ。
ツテもあることだし」
「ツテ?」
何にせよ、高難度の依頼だ。よくよく考えれば、そもそも冒険者登録もしていないし、受注資格がない。そうと決まれば、こんな危険な依頼は百戦錬磨のエウクセルに任せて、このドノセスの町で転生の手がかりを探すことにしよう。うん、合理的だ。
「何言ってんだよ! ここまでお世話になって、今更セルさん一人に押し付けられるかっての!」
しかしそそくさとギルドを出ようとしたその矢先。ポンタは思いがけず余計なことを言い出した。
「・・・ポンタくん」
何でノるんだよ。今はふざけるような空気じゃなかったじゃん。
「そうだね、私が間違っていたよ。とにかく、協力してくれそうな知人がいるから、彼のところに向かおう!」
どうしてこうなるんだ。私は何の危険も恐怖もなく、ただただのんびりスローライフを送るか、反対に超絶チートスキルを使って無双する、快適な異世界生活を送りたいというのに。早くもこの第二の人生が、何もわかっていないまま終わりそうな予感がして、ため息を漏らさずにはいられなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ドノセスの町には、中心の集会所以外にも人が集まる場がある。そう、酒場である。
「やあマスター、久し振りだね」
酒場のマスターとは旧知の仲らしい。エウクセルの顔を見るなり、マスターはパッと顔を輝かせた。
「おお、クセルっちゃん! なんだ、いつからドノセスに?」
「今日着いたばかりだよ。ちょっと用事があってね」
そう言って、エウクセルはマスターのいるカウンターに二人を押し出し、並んで座った。
「おや、また随分若いお二人さんだね」
「アンナちゃんと、ポンタくん。
二人とも記憶喪失で、ポンタくんに至っては名前すらも覚えてないんだと」
「ポンタ・・・?」
あからさまに怪訝な顔をしている。そう、その反応は間違っていないよ。こっちだっておかしいと思ってつけたんだもん。
「この二人の記憶の手がかりを探すために、王都に連れて行こうと思ってね。だがそのために受けた依頼で、ちょいと人手が欲しくて」
「ああなるほどね。どういった人材がご所望で?」
そう言って、マスターは何やら名簿のような黒板を取り出した。そうか、この酒場はいわゆる仲間が集う酒場なんだ。すっごく既視感がある。
「実力者が欲しい。私と同等か、それ以上の」
「クセルっちゃん、そいつぁ無理難題ってもんだよ・・・」
そう言いつつも、マスターはいくつかの黒板を取り出して並べた。
「あんたほどの実力者は、こんな辺境の町にはいない。だが、将来有望な若いのならいる。この中から選んでくれ」
そう言ってマスターが出したのは、それぞれの冒険者の似顔絵と、各プロフィールだった。字は相変わらず読めないが、何となく書いてあることはわかる気がする。
「・・・じゃあ、この二人で」
「あいよ、紹介料2200G・・・と言いたいところだが、クセルっちゃんには色々と借りがあるからねぇ。半額の1100Gでいいよ」
「おお、こりゃお得・・・、って元々一人あたり550Gだろうがい」
楽しそうにワハハと笑う中年二人。この世界の男ってのは、皆こんな感じなのだろうか。
「今日中に声かけとくから、明日の昼くらいにまた来てくれ!」
「ああ、ありがとう。じゃ、また」
そう言って、エウクセルは席をたった。
「えっ? 一杯も飲まないんですか?」
「他にもやることがあるからね。まあでもキミたちはここで待っていてくれ。
一、二時間ほどで戻るから」
それだけ言うと、エウクセルはさっさと酒場を後にしてしまった。
「クセルっちゃんは昔からあんなでな。目的が見つかると途端に忙しなくなるのさ」
見知らぬ町、初めての大衆酒場で、隣には鳥頭のポンコツ太郎。いきなりこんな状況になるとは、まさか夢にも思わなかった。
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