第11話 甘いあなたに溶かされて。

『もういい。アンタの許可なんていらない。アンタに味方がいるとか思わないことね』


(味方……ね…)


 桜木さんに言われた一言が私の胸を締め付ける。前から仲は良くなかったが、それでもあそこまで言い合うことはなかった。最後の文化祭に対する想いがそれだけ強いということなのだろう。


 フラフラと廊下を歩き、教室を見て回る。みんな私を見ると何かを隠すかのように作業を止める。明らかに怪しい行動に普段なら声をかけるが今はそんな余力も残っていない。


 私達の話し合いが激化する直前、早川さんが入ってきた。彼女には申し訳ないことをしたと思っている。こんな生徒会に入らせてしまったこと。あんな融通の利かない私を見せてしまったこと。



 ……私なんかを好きになってくれたこと。




 ずっと考えていた事ではあった。

 そもそも私にはそういった想いはない。だから彼女の想いに応えられる日は来ないだろうと。それなのに強く断るわけでもなく、冗談めかして流してきた。彼女のためにも、しっかりと突き放すべきなのだ。



 しばらく校内を歩き、図書室にたどり着いた。

 図書室の中は誰もおらず、司書の先生が本を読みながら受付をしていた。


「……こんにちは」


「あら柊さん…こんにちは。何かお仕事?」


 司書の先生は優しい声色で返してくれた。その質問に私は首を横に振り、受付に一番近い席に座った。


「サボりです」


「珍しい…会長になってからは初めて?」


「そうかもですね」


 1年生の頃、生徒会に入って図書委員長だった時によくここに来ていた。昔から私は周りとギスギスしてばっかりで、その度に逃げるようにここに来ていた。


「司書室でゆっくりしてていいわよ」


「……では、お言葉に甘えます」


 疲れきった私の顔を見て気を遣ってくれたのか、司書室の中に入る許可をくれた。ここなら誰も入ってくることはない。私だけのサボりスポットだ。


 司書の先生の席に座り、そのまま机に突っ伏せる。私に仕事は残っていない。もともと私主導ではないし、既に終わらせてしまった。だからそもそも残る必要はないのだ。だけど、もしもの事を考えて毎日残っていた。他のメンバーからの「早く帰れよ」という圧に耐えながら。



「私……間違ってるのかな………」



 涙が頬を伝う。我慢していたものが一気に溢れてくる。



「私には……味方なんて…」



 今まではそれでいいと思っていた。でも、あの子と出会ってしまった。



「早川さん…………」



「はい早川です!」



「………え?」



「柊会長の!早川栞です!」



 机に突っ伏して涙を流していると、いつの間にか隣には笑顔の早川さんが立っていた。


「え……なんで…」


「探したんですよぉ?それで近藤先生に聞いたら多分ここだろうって!」


「余計なことを………」


 そういえば2年生の頃にここで突っ伏していたのをあの人に見つかったことがある。


「ねぇ柊会長」


 早川さんはそのまま私の顔を自身の胸に押し付けるかのようにハグをしてきた。


「んむっ!?」


 女の子らしい柔らかい感触に驚き、なんとか離れようとするも離してくれない。それどころかより力を込めてくる。


「柊会長は偉いです。かっこいいです。すごいです。憧れます。かわいいです。スタイルもいいです。仕事も出来ます。成績もいいです。わたしなんかよりずっとずっと立派な人です」


「違う……私は………」


「泣いてもいいんです。甘えてもいいんです。たまには休んでください。わたしがいつでもいい子いい子してあげます。」


「…………」


 そう言いながら私の頭を優しく撫でてくれる。



 断らないと。



 このまま勘違いさせちゃったら良くない。



 私には、あなたの想いに応えるだけの想いも、資格も、勇気もないと。




 伝えなければ……




「…………」


「…………」


 お互いに無言の時間が過ぎる。早川さんも何かを言ってくれる訳ではない。あの言葉を、言ってくれたら返そうって、断ろうって思っていたのに、言ってくれない。


 もしかしたらもう……違うのかも……



 そう思ったら、どんどん悲しくなってくる。



 だから、




「ねぇ……早川さん…」


「……どうしました?」



 聞いちゃ駄目だと分かっているのに、気持ちを抑えられない。



「……今日は言ってくれないの?」


「……何をですか?」


 そう問われた早川さんはキョトンとしていた。

 私はその顔を見てさらに悲しくなって、目をそらしてしまった。そんな私に気づいたのか早川さんは優しく囁いてくれた。



「今日は……ズルいかなって思ってたんですけど…」



 いつもよりも甘く、優しい息づかいで告げられる。



「わたしは、柊さんが好きです。大好きです。何があっても柊さんの味方です。誰がなんと言おうとも、好きだから。絶対です」



 望んでいた言葉を受けた私は、用意していた「ごめんなさい」という返しを伝えることは出来ず、ただただ彼女の胸の中で涙を流し続けるのだった。

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