弐 生まれついての商売人

 再びの雄との生活がはじまった。

 昔の雄とは見違えるくらいに仕事に精を出し、毎日時計のてっぺん頃には酒に酔って帰ってくる。

 連れ合いのひさも忙しく、日中は私一人の時間が確保される。

 もう少しすれば、この静寂は喧騒に変わる。


「ひいじいじ~。ただいま~!

 昨日の続き~! 軍人将棋! 軍人将棋! 今日は負けないからね~!」

 白の娘のうたが学校から帰ってきては、これをせがむ。

 子女が軍人将棋にいそしむとは、なんとも滑稽こっけいなことか。

 それだけ社会も世界も、戦争というものを抽象化し、一つの遊戯ゆうぎにしてしまう。

 そんな現在のゆるさ……、いや。平和ボケになんとも危機感を覚える。

 だが目の前にしているのは、平和のそれではないか。

 なんとも世界とは、社会とは、移ろうものだと感じる。

 私という人間を圧倒的にひとり取り残して……。


「白、私の事業を手伝ってみないか?」

 夕飯時に切り出してみる。

 白は近くに分譲マンションを購入し、ほぼ毎日、家族全員で夕食を共にする。

 共働きで子どもが幼いうちは、実家に近い方が色んな意味で助かるとのことだ。

 自立しているのか、自立していないのか、こちらとしてはなんとも不思議な感覚だ。

 このタイミングであればこれまでの「教え」以上に、経営や事業・組織運営を教えていくことができる。


「ん? いいよ。

 仕事もそんなに大変なわけじゃないし、じいちゃんには子ども達とも遊んでもらっているからね。

 じいちゃんの仕事を手伝えるなんて、なんか認めてもらえたみたいで嬉しいよ。

 それに経営にも興味があるんだよね。

 なんでもいってよ。それなりに勉強はいろいろとしてきていたところなんだ」

 サラリという。

 経営や事業運営は、そんな簡単なモノではない。

 まあ、これくらい軽い気持ちで考えているのであれば、それこそ教育しやすい。

 ゆくゆく私の事業は白に任せていくつもりなのだ。

 あそこで転がっている白の息子のとらの時代には、世を射抜く会社となって欲しいとも思う。

 まあ、私の個人的な夢ではあるが……。


「それで、五年間の貸借と詳細支出を見せてもらっていいかな?」

 なんと。

 思った以上にヤル。

 確かに雄の子ども達の中では、最もアタマがキレるのは白だと思っていた。

 だがここまで理解が早いとは。

 いくつもの事業があるはずだが、それらの内容をすぐに把握し、そして次は収支表を出せという。

 事業ごとの進捗や実情を把握したいということなのだろう。

 ここまで育ててきたかいがあるというものだ。


 オモシロイ……。

 この子はより事業を大きくしてくれる。

 朧気おぼろげながらそんなイメージが湧いてくる。

 この感覚は久しぶりだ。


「あのさ……。

 これちょっとおかしくない? この事業って確か英叔父さんがやっている事業だよね……?

 悪いけど、じいちゃんの確定申告も見せてもらってもいいかな?」

 なんと。

 そこに気付くか。

 丁度いい機会だ。白に任せてみてもいいかもしれない。

 そろそろきちんとすべきなのだ。

 ここまで甘やかしてきたのだ。このタイミングできちんと整理するべきなのだろう。


「ワシの確定申告? とりあえず三年分でいいか?

 そこから何がわかるんだ? 何かおかしいところでもあるのか?」

 知らないフリをして投げかけてみる。

 どういう回答がくるのか? こいつは見ものだ。


「あまり…、言いたくないんだけどさ……。

 じいちゃんにも会社にも大きな問題になりそうなんだよね……。

 もう少し、しっかりと見てみないとはっきりしたことは言えないけど……」

 心の中でニヤリと笑う。

「なんだ? 言ってみろ。ワシになんの遠慮をする必要があるんだ?」

 さて、白よ。なんと返す?

「多分……、英叔父さんは会社の利益を着服している……」

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