第伍章 廉貞星

壱 絶対帝王学

 カヲルさんとの話は私の想像をはるかに越えるモノだった。

 その中でのじいちゃんは、悩み、もがき、そしてがむしゃらに生きていた。

 私の知らないじいちゃんがそこにいて、そして自分の人生に一生懸命向き合い、走っていた。

 私がそんなじいちゃんからもらったのは、多くの意識高い考え。

 それはもしかしたら、じいちゃんなりに私に伝えたかった帝王学なのかもしれない。


 そんなことをベッドルームで考える。

 隣で眠る妻の寝息の何たる平和なことか。

 でもこの平和は、私たちの世代だけで築き上げたモノではない。

 私たちの両親の世代、そして祖父母の世代が一生懸命に生き、そして引き継いできたもの。

 隣室で眠る子どもたちも、そこに私たちの生きた道を加え、次の人生を紡いでいく。

 そんな当たり前なことだが、日々、感じることが少ないことをぼんやりと思う。

 私たちは、「生きている」のではなく。「生かされている」のではないかと。


 じいちゃんとの生活とその「教え」を少し、思い出す。


 じいちゃんとは、幼い頃一緒に暮らしていた。時に厳しく、そして優しい子供好きな人だった。

 両親が仕事の間、じいちゃんの部屋で花札や軍人将棋を楽しむのが日常。

 小学校で大きなケガをしたときには、真っ先に駆け付けてくれる。

 そんな孫想いの優しい人だった。


 私が十六歳のある日突然、じいちゃんと別居することになった。

 じいちゃんは、愛人と生活をはじめることになったのだ。

 別居といっても、車で一時間程度の距離。

 年に数回は、私はじいちゃんに会いに行っていた。

 会いに行くと「これでもか」と言うほどの料理。とても愛されていた。

 しかし、大学生、社会人になるに従い、会いに行く機会は、減っていった。

 当然だろう。年頃の青年は、家族よりも遊びを優先する。

 そんな、誰しもが浸る青春を恥ずかしながら、私も謳歌していた。


 私が社会人になる頃には、じいちゃんも自由に仕事をしていた。

 定年後会社を設立し、悠々自適ゆうゆうじてきな生活を送っていた。

 そんなある日、仕事中の私の携帯に連絡があった。

 青ざめた。

 いわゆる、オレオレ詐欺。

 急いで父に連絡し、じいちゃんの様子を見に行ってもらう。

 幸い、大事には至らなかった。

 しかし、じいちゃんは一人で暮らす自信を失ってしまったようだった。

 それ以後、じいちゃんは私の両親と同居することとなった。


 こういうタイミングというのは、重なるもの。

 私もじいちゃんと両親の住む実家から、歩いて五分の分譲マンションを購入。

 私と妻は共働きで、子供達はまだ幼い。必然的に夕食は実家で揃って食べる生活がはじまったのだ。

 私からすれば、食費も節約できるし、子供達の面倒も見てもらえる。しかもじいちゃんや両親の喜ぶ顔が見れる。

 本当に毎日、幸せを噛みしめさせてもらった。


 子供達はじいちゃんと遊ぶのが好きなようで、毎日のようにじいちゃんの部屋で遊んでいた。

 そのどことなく懐かしい風景に、心が温かくなる毎日だった。

 この頃のじいちゃんの楽しみの一つが、私とお酒を飲むこと。

 私も楽しかった。特にじいちゃんの昔語りが。

 じいちゃんの話を聞きながら、時には笑い、時には厳しく言いつけられることもあった。

 とても貴重で素敵な時間だった。


 いつの頃からか、私はじいちゃんの経営の手伝いを行い、支えることも多くなっていった。

 私には本業があるのだが、じいちゃんはそれを強いた。

 こういう強引なところが、面倒だった。

 でも楽しかった。悲しいこともあった。多くを学んだ。


 流行病が蔓延まんえんしはじめた頃。

 電車での移動が多い私は、実家での夕食を自粛じしゅくした。

 感染リスクの高い私が実家に行くことで、じいちゃんや両親を危険にさらす可能性がある。

 子供達の学校も閉鎖され、世の活動は完全にストップした。

 しかし、私の会社は、全員出社の命令。

 家族よりも世の中のために働かなければならなかった。


 そんなある夜、母からの電話があった。じいちゃんが倒れ、病院に運び込まれたとのことだ。

 完全に面会謝絶めんかいしゃぜつ。流行病が蔓延する中でこのような経験をされた方は、多いのではないだろうか。

 次にじいちゃんに会ったのは、葬儀場そうぎじょうの安置室だった。

 いまでも思い出すだけで涙が止まらなくなる。それがじいちゃんとの生活の終幕だった。


 幼い頃から受けてきたじいちゃんからの「教え」。

 じいちゃんの昔語りや経営の中での「教え」、そして最後の「教え」。

 私にとって最も根本的であり、大切な「教え」。

 それを今日はちょっとだけ、思い出す……。

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