第13話 最期の奉公

馬蹄と鉄砲が空気を震わせる。

業正は先陣をきって槍を振るっていた。

その姿は鬼神に近かった。


「憲政様!長野業正殿のご到着ですっ!」

「業正……!」


憲政は宙を仰ぎ、軍配を振り下ろす。


「突き進めーー!」

「うおおーー!」


上杉勢は穂先を揃え北条軍に突き進む。

鉄砲で周りに白煙が上がるがそれをかいくぐり槍隊が突撃する。


「放て!業正と憲政、両人を討てっ!」

「ははっ!」


北条軍は鉄砲で防ごうとするが、既に射程に合わず、白兵戦となった。

川を挟んで対峙していた上杉と北条の別働隊も川をわたりきり混戦となる。


「殿ー!我らの後方部隊が長野軍によって壊滅!氏康様はお先に本陣にお戻りくださいっ!」

「左様か……。わかった!皆、ここを任せるっ!」

「ははっ!」

「いずれ上杉の一部が仲間になろうゆえ、それまで耐えておれっ!」

「承知しました!」


氏康の馬印が本陣に退いた事もあってか上杉軍は一様に士気が上がった。

士気が上がるのは良かったが、そこからである。

連携が乱れたのは。


「憲政様!早く兵をまとめなさいませ!」

業正は叫ぶ。

しかし。

「業正……。気づいておらぬのか。」

「何がでございますか?」

「我らの隊の東にいる奴等はすでに北条からの調略でやられておるわ。」

「ですがっ、もう少し耐えることができれば勝てることはないにしてもこの土地を守れますぞ!」

「業正っ!」


憲政は一喝する。


「業正。お主は一人で上州の民を守れそうか?いや、お主のことだ大事はないであろう。」

「いや……、全て憲政様のおかげでござまする。」

「ハハハ……、嬉しきことを申すものだわ。だが業正、上州の民はみなそなたを信じておるし感謝もしておる。わしもだぞ。………。いいかっ!」


憲政は怒号する。


「大事なのは自分自身の地位でも、米銭でもあるまい!大事なのは……、民であり家臣たちじゃ。これらを守ることができなければ潔くその土地から去った方が万人のためになる。」

「憲政様……、ならばその甲冑をお借りします。撤退時に少しでも敵の目を鈍くさせるためでございます。さ、お早く。」

「うむ。」


憲政は甲冑を脱ぎ、業正に手渡した。

その兜は一部が欠け、鎧は紐が途切れていた。

いかに死闘を繰り返し経験した甲冑であるかが伺える。


「憲政様…、これがそれがしの最期の奉公となります。機会があれば……また……。」

「おお……、また。氏康に最期の饗応を見せつけてから、わしは越後に向かう。上州を頼んだぞ。」

「ははっ!」


憲政は一部の兵を率い、氏康本陣に駆け込んだ。

その姿は素晴らしい大将像であると後世まで伝えられている。

憲政が越後に向け撤退をしかけた時、業正は逆に北条軍に進軍し見事、目をくらませることに成功した。



業正にとって大変だったのは上州への撤退時であった。










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