第3話 躑躅ヶ崎

「来年にはな、信濃より先に上州を抑えておきたいのだ。わかるか?」


武田信玄は前面の家臣団に問う。

この間には優秀な家臣たちがいる。

穴山信君、春日虎綱、山県昌景、甘利信忠……。

一番下座に山本勘助が無口で鎮座していた。


「もちろん殿のご意向は尊重したく存じますが、なにゆえ信濃より上州なのですか?」


山県昌景は問う。


「信濃より上州の方が攻めやすいからよ。信濃には村上氏が盤踞しているのであろう。ならば先に長野業正とか言う老人を叩けばこの甲斐の国の弱点を克服できる。」

「確かに、甲斐の国より上州は富国ですからな。」

「左様。しかし、信濃への備えも怠るわけにはいかぬ……。そうじゃ!幸隆!そなた上州と長野の内情は詳しく知っておるよな。」


幸隆とは真田弾正幸隆である。約三年前、長野業正から出奔してきたのだ。


「もちろんでございます、お館様。しかし長野業正は侮れませぬぞ。」

「侮る気などないわ。ただただ知りたいのは引っこ抜けそうな家臣団だ。どこか気の弱い家臣はおらぬのか?」

「我が知る限りいませぬ。あの家は一致団結が強いので。」

「左様かのぅ。策略は巡らせるがな。」

「殿!信濃より姫が……。」

「おお!諏訪姫か。呼び寄越せ。」


信濃より来たのが諏訪姫である。後に武田勝頼を産むことになるこの女性はこの時、齢二十一である。


「このたびは甲斐の国に引き取ってくださり恐縮至極でございます。」


諏訪姫は敵意ある目で言う。当然であった。


「まぁよい。主家は残念であったな。」

「ええ、とても…。それでは失礼いたします。勘助様、また後で。」


勘助は静かに頷く。


「殿!長野業正より使者が。」


この時この使者が時代を動かすことになる。



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