《ある世界の、いつかのこと》(1/1)
ある宿場町に泊まった夜のこと。
竜殺しの戦士が、酒場で酒を飲みながら、上機嫌に言った。
「坊主が俺らについてくるようになって、一年経ったな」
言われて、指折り数えて、気づく。そうか、もうそんなに経つのか。時の流れは早い。
「最初に比べりゃ、ずいぶんとデカくなった。旅にも、野営にも慣れてきただろ。で、だ。俺たちから、坊主に贈り物がある」
「贈り物?」
赤毛の魔女が差し出したのは、細いフレームで支えられた片眼鏡と、捻じれた針金を組み合わせたような、奇怪な物体。
「真実を見通すまじないを、レンズに刻んである。よく見えるわよ。もう片方は、鍵開けの魔道具。宝箱を開けるのに、ちょうどいいかと思って」
レンズだけでも高いのに、魔女がまじないを刻んだ魔道具だ。とてつもなく高価だと、幼い僕にも分かった。
「……いいの?」
「少年。それは、僕達の中でいちばん多くのものに触れるきみにこそ、ふさわしい道具だよ」
嬉しくなって、片眼鏡をさっそく付けた。
「似合う?」
「ま、ガキに似合う装飾品じゃあねえわな」
「眼鏡が本体」
「大きくなったら似合うわよ、きっとね」
「はっは! わたくしめはノーコメントで!」
散々な言われようだったので、僕は片眼鏡を外して、針金と一緒に大事にしまいこんだ。
「じゃ、今日は坊主がついて来て一年を記念して、盛大に飲むとするか!」
「いつも飲んでるでしょ、アタシら」
そこから先は、やっぱりいつも通りの酒盛りだった。
「……いつも、途中からみんなが合唱するせいでよくわかんなくなるんだけど」
案の定、寝こけてしまった三人を尻目に、竪琴を抱える吟遊詩人に、僕はそんな質問をした。
「結局、ツバメとウグイスはどうなるんだっけ」
吟遊詩人の彼女は微笑んだ。
「ともに羽ばたいた二羽の小鳥! しかし、生まれ故郷から遠く離れた場所まで飛んだウグイスは衰弱し、故郷に帰ることも、ツバメと共に飛ぶこともできなくなるのです!」
再び、竪琴に手を置く。優しい和音が響き、ゆったりとしたリズムで歌い出す。
ウグイスは、ツバメに頼む。
『どうか、おいていってちょうだい。私のために、羽ばたきを止めないで。』
けれど、ツバメはこう言うのだ。
『きみと一緒に、羽を休めることにするよ。』
やがて、季節が巡り、誰もが二羽の小鳥を忘れてしまう。その後、どうなったのかは、誰も知らないままに――。
そうやって、この歌は終わる。
その夜、僕は死んだ。殺された。
僕が竜殺しのパーティーの荷物持ちだと知られていたから。冒険者の一員として認められたと喜んで、言いつけを破って、ひとりで酔い覚ましの果物を買いに出た隙に、宿場町を牛耳るあくどいやつらにさらわれて。
「待て。人質にしたほうがいいんじゃないのか」
「生かしといて、武器を渡されたらどうする。どうせなら、あいつらに絶望を味わわせて、精神的にも参らせてやろうじゃねえか」
猿ぐつわを噛まされ、手足を縛られて震える僕を、やつらはぐるりと取り囲んだ。
「大事にしてた小僧が、フクロにされて、無残な死体になって、酒場の前に放置されてりゃよ。あいつら、どんな顔すっかなぁ」
「さしもの竜殺しも、泣き叫ぶんじゃねえか? しかも、武器も道具も丸ごと失っちまうわけだし。そうなりゃ、アイツらも丸腰だ。あーあ、ひとりで出歩くような馬鹿な小僧が荷物持ちなんて、アイツらも運がねえなぁ」
ぞっとする。僕のせいだ。僕のせいで、彼らが襲われる。――殺されて、しまう。
「そういうわけだ、悪いな小僧。簡単には殺してやらねえから、せいぜい耐えろや」
……、それから。
それから、僕の体に、いくつもの拳と蹴りが、突き刺さった。
何度も、何度も、何度も。僕が、その世界からいなくなるまで。
※※※あとがき※※※
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