《前期日程五日目・深夜一時・大阪ふ頭コンテナ置き場》(3/8)
じゃり、と音を立てて、コンテナの外でもだれかが立ち上がった。
「……被害状況はどうだ、ワン」
黒澤さんの声だ。
「ボクは全身打撲と骨折が少々。……みんな似たようなもんや。そっちは?」
「私はもうぜんぶ治した。治療費取るぞ、いいな?」
「貸し一個、チャラにしたるからタダにせえ。あと、ボクよりも先に、ソイツら治したって」
もつれる足でなんとか立ち上がり、扉に縋りつきながら外に出ると、黒澤さんが手に白い光を灯して【治癒】を裏方たちに施していた。
「……みんな、無事だったんですね」
「無事なものか」
怒気をはらんだ声で、黒澤さんが言い返してくる。
「コンテナから、光が散るのが見えた。緑色の魂の光だ。マサル氏の色だ。無事じゃないのがひとり、中にいるだろう」
かつてないほど鋭い猛禽の瞳が、僕を射抜いた。
「なにがあった。詳しく話せ」
僕は、うん、と力なくうなずいた。黒澤さんが【治癒】の光を灯す傍らで、コンテナ内での会話を、ぽつりぽつりと共有する。スマホはぎりぎりで隠しおおせた、という事実も。
「……ふん。魂を散らす行為を旅立ちと表現するのか。F対がいちばん嫌がる危険思想、しかも宗教系だな。おおかた、クスリでトんで神と交信するタイプだろう。最悪だ。ああ、最悪だ」
話せば話すほど、黒澤さんは不機嫌になっていった。
「神なんてものはろくなものじゃない。見えもしないし食えもしない。そのくせ、起こる苦行はすべて試練だなんだとほざく。換金性があるくらいしか取り柄がない」
「……神様って、換金性あるの?」
「お布施。お守り。免罪符。ほかにもなにか証拠が必要か?」
いらだちを如実に表しながら、黒澤さんは吐き捨てた。
「資本主義には資本主義に適した信仰がある。地球に適応せず、自分勝手にクスリをばらまいた挙句、目指すものが魂の拡散だと? 死が到達点だと? ふざけるな、くそ――」
黒澤さんが、こんなにも荒れるところは、はじめて見た。それが、どうにもむかついた。なんで、自殺志願者のヤク中どもの、どうせそのうち魂を拡散させて勝手に死んでいく人殺しどもの命まで大事に想えるんだ。ワンさんのバーでもそうだ。この愚かな拝金主義者は、見ず知らずの馬鹿どものために頭を下げるような女だ。
……なによりも、そんな彼女にむかついてしまう自分自身が、イヤだった。僕はもう、黙ってうずくまるだけの置物になってしまいたかった。どうして、そんな風に生きられるんだ。うそばっかりの僕と違って。悪態をつきながら、治療の手を止めない黒澤さんをぼんやりと見つめても、答えは浮かんでこなかった。
黒澤さんが全員の治療を終え、疲れた顔で外魂格を解除した。ワンさんもまた、いらつきを隠さずにしゃがみ込んでいる。裏方衆の三人にマサル氏の抜け殻を運ぶよう命じると、彼は塊みたいなため息を砂利の上に転がした。
「どうすんねん。命捨てるのを前提にしたカルト宗教相手は、さすがに想定外や」
「どうもこうも、続けるだけだ。狸穴蓮、スマホはぎりぎりで隠し通したと言ったな。どうやった?」
「え? ああ、えーと。相手も焦ってたんだと思う。それで、見落としたんじゃないかな」
僕の答えに、黒澤さんは眉をひそめて、ワンさんは目を細めた。
「……まあいい。どうする? スマホを起動したら、またGPSを追跡されるぞ。もう一度戦闘になったら、次は怪我じゃ済ましてくれんだろう」
「電波遮断した容器の中で電源入れて、アプリ消去して、GPS連携も軒並み切れば、ひとまず大丈夫やろ。うちの会社なら一通り設備揃っとるから、持って帰れば解析はできる。けど、それからどうするかっちゅう話や」
ワンさんは革靴のつま先で砂利を蹴った。やっぱり、いらついている。
「ボクらもあのボケいてこます方針に変更はない。けど、あんなに強いのんは想定外や。なんやあの外魂格は、反則やろがい。手ぇ百本あるタコのバケモンと戦ってるようなもんやぞ」
黒澤さんもうなずいて、金属バットの残骸を持ち上げた。真ん中あたりでひしゃげて、ねじ切られている。相当な負荷がかけられたらしい。
「……いちおう、これも【衝撃】を継承した転生具だったのだがな。潰されてしまったよ。少なくとも武器が鈍器では、無理だ。剣と盾があって、ようやく勝負になるレベルだろう」
僕はおずおずと手を挙げた。ふたりの視線が集まる。
「もう、真田さんに頼むしかないんじゃない? あの人なら勝てるでしょ」
「アホ抜かせ。F対の鬼神なんかに出てこられたら、マトリも公安警察も縄張り意識ばりばりで打って出よるぞ。機動隊まで出るかもしれん」
「機動隊が外魂格纏ったカルトと戦闘になったら、何人死ぬかわからんな」
めんどくせえ。僕は素直にそう思った。パワーゲームの中心にいる真田さんは、そのせいで毎日大量の公務と格闘して、大阪と東京をひたすら往復させられている。簡単に解決する手段があるのに、解決させてもらえない。
また五分くらい無言の時間があって、悩んだ末に、もう一度手を挙げた。
「……それじゃ、武器は僕が用意するよ」
「なんかアテがあるんか?」
「【鑑定】の依頼で、いくつか使えそうな転生具を見ました。僕なら真田さんたちに信用されているし、倉庫からこっそり持ち出すくらいできますよ」
黒澤さんが片眉を上げた。
「バレたら窃盗でパクられるぞ」
「大丈夫。あの倉庫、けっこうざる管理だからさ」
「いや、仮にも公安調査庁の管轄だ。そんなずさんな管理状態なわけが――」
黒澤さんのセリフの途中で、裏方たちがコンテナから出て来た。ひとりは黒い大きな袋を肩に担いでいる。つい、目を逸らしてしまう。
「社長。準備できました」
黒澤さんは目を逸らさなかった。僕と違って。
「……人間ひとりだ。魂が散ろうと体は残るぞ。どうする」
「散魂した後、たしか三十六時間で鼓動が止まるんやったな?」
ワンさんはつまらなさそうに言った。
「やったら、体はまだ動いとるいうこっちゃ。体の怪我だけ治してくれ。あとは病院運び込んでしまいや。飲み屋で突然倒れたとか、そういう作り話と証拠はこっちででっち上げる」
「手間をかける」
「別にええ。そういうのんは、ボクらの領分やさかい」
ワンさんは胸ポケットから電子たばこを取り出すと、スイッチを押し込みながら口に咥えた。
「今日は負けやな。狸穴くん以外は」
「そうだな。狸穴蓮、今日は貴様のひとり勝ちだ」
「へっ?」
びっくりした。僕が勝ち? なんで?
「スマホを隠し通しただろう。ライダースーツの目的を、ひとつは潰したのだ」
黒澤さんはため息を吐いて、パーカーのファスナーを首元まで引っ張り上げる。
「殺されなかっただけでも成果だが、アレはそもそも殺しには否定的なのだろうよ。クスリで『旅立たせる』のが目的なのだからな」
ワンさんが苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「ほな、ウチの若いのがやられたんは、あれか。【毒耐性】で解毒したからか」
「おそらく。ポーションでトリップして死ぬのが教義なら、解毒は神への冒涜というわけだ」
ライダースーツが持っていたボトルを思い出す。リンチの動画も。神聖なトリップを否定したと思われた。だからリンチで罰を与えて殺した? あまり想像したくない思想だ。
「カルトの考えることは、ようわからん。わかりたくもないけどな」
ワンさんが立ち上がって、手を振った。
「狸穴くん、悪いけど、事務所まで来てくれや。スマホはそのまま隠し持っといて。キミが持ってるんがいっちゃん安全やろ」
見透かすような目で見られると、居心地が悪い。連れ立って移動用のバンまで砂利を鳴らして歩いていると、ワンさんが不意に小声で僕に囁いた。
「……キミも悪いやっちゃな」
僕はなにも言えず、ただ俯くことしかできなかった。
※※※あとがき※※※
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