《ある世界の、いつかのこと》(1/1)



「訓練を付けてほしい? どうして?」


 軽鎧の弓使いは、不思議そうに首をかしげた。


「どうして、って……」


 カッコいいから、とは言えず、僕は押し黙ってしまう。

 竜殺しのパーティーに、勝手についてきてから、しばらく経った頃だ。


 いろいろ言われたけれど、結局、僕は冒険者見習いになった。といっても、単なる荷物持ちポーターだけど。戦闘に向いたスキルを持たず、体も小さい僕こそが、むしろ彼らにとってのお荷物だったかもしれない。たとえ街中であっても、絶対にひとりで出歩くなと厳命されているくらいだったし。

 だけど、そんな僕にも、彼らは優しかった――、優しさにつけ込んで、戦闘訓練を付けてくれ、とお願いしてしまうくらいに。


「きみの仕事は、荷物持ち。それで十分。戦うのは、僕達の仕事。少年が戦わなくちゃいけない理由はどこにもない」


 けれど、いちばん丁寧に教えてくれそうな弓使いの男性は、さらりと断った。僕のほうを見もせず、弓の手入れをしながら。


「でも、僕も戦えたほうが、いいのかなって、そのう……、いつか戦わなくちゃいけないときが来るかもしれませんし……」


 尻すぼみに消えていく言葉。うつむく僕に、弓使いは普段と変わらない口調で、言った。


「戦いに憧れる気持ちは、わからなくない。僕もアレの剛力に憧れるときがある。妬ましいと思うときも」


 あまりにもあっさりというので、しばらく言葉の意味がわからなかった。だけど、「クールな弓使いが、豪胆な戦士に嫉妬している」という意味に気づいたとき、顎が外れるかと思った。ほんとうに?


「本当。僕も、力が弱いわけじゃないけれど、竜とは殴り合えない。少年、これを引いてみて」


 弓使いは、手入れを終えた弓を僕に手渡した。対モンスター用の弓はずしりと重く、僕が引いてもびくともしないほどに硬い。


「少年には少し早いか。五年か十年して、体が大きくなってから、鍛え始めるといい」

「そうしたら、僕にもこの弓を引けますか?」

「引けるかもしれない。引けないかもしれない。あるいは、弓を引けても、矢を当てる才覚がないかもしれない」


 僕に弓を持たせたまま、弓使いは軽鎧を脱いだ。弓の扱いを邪魔せず、なおかつ戦場を身軽に動き回って矢を射かけられるよう、モンスターのなめし皮を使って作られた逸品。魔女が魔法の言葉を刻んで、強化してあるという。


「少年が戦わなくちゃいけないときが来たとしても、そのとき、少年にあるもので戦うしかない。僕には集中力と冷静さがあった。だから、弓にした」


 僕に集中力と冷静さが、あるかどうか。目の前の弓使いのようになれる自信は、まったくなかった。手渡された軽鎧を、荷物入れにしまう。やっぱり、僕に戦いは向いていないのだ。わかり切ってはいたけれど……。


「きみの体格では、せいぜいナイフが限度。これをあげる。竜の牙のナイフ。剥ぎ取りと解体に使える」


 弓使いが、腰の後ろに差してあった鞘付きのナイフをくれた。解体用かよ、とちょっと不満に思ってしまう。


「ただ、少年。きみにはきみの強さがある。力が強いとか、弓がうまいとか、そういう強さではない、強さが」

「僕の強さ?」


 そう、と弓使いはうなずいた。


「僕達に勝手について来た図々しさとか、なにも考えていないようで意外と計算高い強かさとか、いいと思う」


 褒められているのか微妙だと思ったけれど、弓使いの彼としては、どうも誉め言葉らしい。


「ただ、僕はそもそも、強くないと生きられない世界より、強くなくても生きられる世の中のほうが、ずっといいのに……、って思う。弱さは、悪いことじゃない。強さも弱さも、ただの事実に過ぎない」


 弱さは、ただの事実。その言葉は、僕の胸の深くに刺さった。事実、僕は弱いから。


「弱くて悪いことがあるとすれば、それは弱さを理由にして裏切ってしまったとき」

「裏切る? だれを……ですか?」


 弓使いの彼は、やはり淡々と言った。


「いつだって、本当の意味で裏切れる相手は自分自身だけだよ、少年」



※※※あとがき※※※

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