《前期日程四日目・午前九時・講義室2-B》(4/4)


 翌日、僕はまたしても講義をサボっていた。もう今期ダメな気がする。新学期五日目なのに、まともに受けた講義の数が片手で数えられちゃうんだぞ?

 ちなみにサボりたくてサボったわけではない。登校直後、白河さんに捕まったのだ。


「まみくん、昨日はどこいたの? 昼から大学にいなかったよね?」


 ぐいぐい問い詰められると、とてもいい匂いがして頭が爆発しそうになる。なんだろう、ハーブ系というか、自然の香りだ。野草観察のサークルに所属しているらしいし、それだろうか。それとも香水?

 答えあぐねていると、腕を引っ張られて、学食のいつものテーブルに連行された。衛藤も鈴鹿もいない。今日ばかりはいてほしかった。二人きりだと緊張しちゃうし、この状況で誤魔化すのも厳しそうだし。


「ね、もしかして……また、くろちゃんと一緒だったの? くろちゃんも昼からいなかった」


 それは黒澤さんが僕の報告書を手伝っていたからですね。ほんとうに申し訳ない。


「ええと……その、バイトで」

「バイト? 講義より優先して? 大学生なのに?」


 ナチュラルに心を抉りこんでくるワードである。僕も黒澤さんも大学生なのに、なにをやっているんだろうね、ほんとうに。


「また、興信所の派遣? どこ行ってたの?」

「うん、そう。いろいろあって、日本橋に……」


 F対に行ったのだけれど、言えるわけがないので、誤魔化しておく。


「くろちゃんと一緒に? 日本橋へ? 難波周辺だよね? たしか、電気屋さんとかメイドカフェとかお笑い劇場とかがあって、地味にデートスポットで、あとは……、ふぅん」


 白河さんはじぃっと僕を見つめると、対面の席から立ち上がって、となりの席に座った。

 えっ、なに? とても近いんですけれども。


「私、今日はずっとまみくんと一緒にいるから」

「はぇッ?」


 我ながら変な声を出すなぁ、と脳の端っこで他人事みたいに思う。


「ど、どういうことッ?」

「まみくんとくろちゃんが、付き合っていないにもかかわらず学生にあるまじき不健全でいけないことしていないか、私が見張るのっ。 ちゃんと大学生しないとっ! ああでも、今日はおんなじ講義があんまりないね……」


 あと現在進行形で一個サボっていますね。


「どうする? いっそ、今日ぜんぶサボっちゃう?」


 ものすごく魅力的な提案だけれど、健全な大学生はどこいった?


「どこいく? スタパ? それともユナパ?」

「スタパとユナパが同列なの……?」


 スタパこと、スターパーマー・カフェはちょっとお高めの喫茶店である。ユナパはユナイテッド・パークで、世界的にも有名な遊園地だ。どうしたものかと思っていると、向かい側の席の椅子を引いてパステルカラーのパーカー姿が座った。黒澤さんだ。うわ、なんでこのタイミングで。


「狸穴蓮、貴様、講義にいないからどうしたのかと思ったぞ」

「……出たね、くろちゃん」


 白河さんは黒澤さんをジト目で睨みつけると、僕の腕を抱きしめた。ふぁおう。


「狸穴蓮、肘に意識を集中させているところ悪いが、少し話せるか」

「だめっ! まみくんは今日、私と一緒にいるのっ!」


 その言葉に、さすがの黒澤さんも面食らったようだった。


「白河、正気か? その男は悪いやつではないが、たぶんめちゃくちゃ浮気するぞ」

「そうなの? まみくんひどい!」

「しないよ!」


 したことないし! ……そもそも、だれとも付き合ったことが、ない、し。


「あ、ていうかくろちゃんもサボりじゃん! スタパとユナパ、どっちがいい?」

「どっちなら奢ってもらえる?」

「うーん、まみくん、どっち?」


 僕が奢るのかよ。ていうか、黒澤さんも誘うのかよ。フリーダムすぎる。念のためスマホでユナパのワンデイ・パスの値段を調べてみると、大人ひとりで八千円だった。これ奢るの? 僕が?


「……スタパで」

「そこでユナパを選べないから貴様はダメなのだ、狸穴蓮」

「うるせえ!」


 最寄りのスタパまで一駅あるので、僕らはまたしても大学を抜け出して、大阪の街中をえっちらおっちら歩くことになった。


「で、くろちゃんはどうして浮気性なまみくんと一緒にいるの? 実は好みだったの?」

「勘違いするな、仕事の都合で同行しているだけだ。私の好みは二億円持っている男だよ」


 それは好みっていうのか?


「てことは、まみくん、二億円持ってるのっ? すごい!」

「持ってるわけないでしょ……」


 白河さんへ「えへへ」と笑って、くるっと一回転した。上機嫌だ。


「サボってスタパ! 健全な大学生活! でしょ?」


 白河さんの想定する健全がどういったものか、わからなくなってきた。

 そもそも、白河さんはなにを考えているのだろう。第三者の視点から見れば、やっぱり僕にアタックを仕掛けているように見えるのだろう。僕もそう思う。でも、僕だよ?


 歩いているあいだも、そしてスタパに到着してからも、ぐるぐると考えていたけれど、シロップだのチョコチップだのを山盛りにした、暴力的な糖分とカロリーが悪魔合体したシロモノに千五百円を払わされたあたりで、どうでもよくなった。黒澤さん、実は相当な甘党だよな。


 時折、白河さんが僕と黒澤さんに「じぃーっ」と疑いの目を向けてくるのにはまいったけれど、女の子二人とスタパでサボタージュだし。白河さんと、こんなに遊べるなんて、それだけで十分役得だ。健全な大学生活かどうかはともかく、貴重な青春の一ページではあるだろう。あると思いたい。


 三人分の注文を受け取って、女子二人に確保してもらったテーブルに行くと、スマホを並べてなにやらやっていた。


「だからね、これで相手の居場所がわかるの。浮気対策はこれでばっちり」

「GPSを利用した追跡アプリか。恐ろしいな、昨今の恋愛事情は。電源を切られたり、電波を封じられたりしたらどうなる?」

「追跡が途切れるまでどこにいたかはわかるし、GPSが切れたら、それはそれで怪しいでしょ? だからGPSが切れたら通知が来る設定にもできるの」

「ふむ。だが、GPSでは細かい場所まではわからないのではないか? たとえばビルとか、ホテルとか。部屋数が多いと、探すのは困難だと思うのだが」

「そういうときは着信鳴らすんだよ。音を頼りに探すの」

「なるほど、その手があったか。白河は賢いな」

「……あのさ、白河さんも黒澤さんも。念のため聞いておくけど、だれを監視するつもり?」


 五分後、ピンク色のアプリのアイコンが、僕のスマホのホーム画面に追加されてしまった。僕の位置情報は、白河さんと黒澤さんに筒抜けである。「念のため」らしい。絶対悪ノリだろ。もうどうにでもなれ。

 それから、僕らは昼前にスタパを出て大学に戻り、大学生らしく真面目に授業を受けた。


「今回はスタパだったから、次回はユナパだな。狸穴のおごりで」

「いいね! そのときはすずちゃんとえとくんも呼ぼ!」

「イヤだよ! いくらすると思ってるんだ」


 チョコソースをトッピングしたホワイトモカみたいに甘ったるい日常。これが普通なはずなのに、なぜかとても新鮮だった。ずっと隣に白河さんがいたからかもしれない。途中からは鈴鹿や衛藤もいた。騒がしくて、ずっとだれかしら笑っていたように思う。それから――。

 それから、その日の夜に、ワンさんからの連絡があった。



※※※あとがき※※※

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