《前期日程二日目・昼十三時過ぎ・大学食堂》(1/6)


 クエストを断って平穏な日常生活を送ろうとした僕だけれど、悲しいかな、恐ろしいかな。異世界由来の危険薬物は、僕が思っていたよりも身近なところで蔓延していたらしい。

 翌日の三時間目、またしても学食で素うどんをすすっていると、講義をサボってプラモデルを組んでいた衛藤がおもむろに「知っていますか、狸穴氏」と切り出した。講義行けよ。


「そういえば、昨夜、四回生が逮捕されたらしいですぞ」

「逮捕? なんでなん? またユナパで半裸ダンスでもしたんか」


 週刊少年漫画誌を両手で開いていた鈴鹿が、笑いながら聞く。ちなみにユナパとはユナイテッド・パークの略で、日本で二番目に有名な巨大遊園地である。


「それは去年退学になった先輩です。いや、そうではなく」


 学食でパチパチとニッパーを鳴らす衛藤は、プラモデルを組む手は止めずに、けれど声は潜めた。あまり大きな声で話す話題ではないらしい。


「違法なドラッグを所持していたらしいのですよ」


 僕は黙ってしまう。この大学の四回生が、ドラッグを。タイムリー過ぎないか。

 いや、おかしな話ではない……、はずだ。年がら年中、危険な薬物に注意しろと廊下にポスターが張られているわけだし、あのポーションなのかどうかは、さだかではない。


「今朝、先輩から聞いた噂では、クラブの一斉摘発だとかなんとか。昼にはニュースになるのではないかと。ほかの大学の生徒もたくさんいたそうです」

「噂に詳しいね、衛藤は」


 その興味をもう少し勉学に向けたらいいのに。いや、僕も他人のことはあまり言えないんだけど。衛藤はプラモを組む手を止めて、ずい、と顔をテーブルの中央に寄せた。


「面白い話が、そのドラッグを服用した者の中に、体の光るものがいた……、というもので」


 うわ。頭を抱えたくなる情報をありがとう。異世界産のスマート・ポーションで確定です。


「自分もオタクの端くれ、なにかこう、シティアクションだったり異能バトルだったりの気配を感じざるを得ないわけですな。あるいはヒーロー映画の導入なのかも」

「あの、衛藤? 危険薬物の話でテンション上げるのは、あんまり良くないんじゃないかな」


 いちおう、そんなことを言ってみるけれど、僕のはす向かいには、こういう下世話な話が大好きな女がいるのだ。乗ってくるに決まっている……、と思っていたけれど。


「へえ、そうなんや」


 やけににぶい返答。鈴鹿は、意外にもクスリの話には興味がないらしかった。いや、意外というのは、言い方が悪いけれど。


「……そういや、鈴鹿。講義はどうしたの」

「諦めた!」


 元気に言うなよ。

 新学期二日目の三時限目なんて、どう考えても初回講義だろ。諦めのハードルが低すぎる。こいつ、去年の単位もぜんぜん取れていなかったはずなのに、どこからこの余裕が生まれているのだろうか。


「そんなことより、なあ、狸穴くん。あたし、昨日の夜、白河ちゃん見かけてん。梅田で、男と二人で歩いとった」

「おッ……とこ?」


 鈴鹿が急にそんなことを言うから、僕の喉から鶏みたいな声が出ちゃった。


「えっ、えっ? 男ッ? なんでッ?」

「おお、予想以上にテンパった反応」


 鈴鹿はけらけらと陽気に笑った。


「悪趣味ですぞ、鈴鹿氏」


 衛藤は僕を見て、ため息を吐く。


「狸穴氏は、うろたえすぎです。白河氏だって梅田で遊ぶことくらいあるでしょう。遊びも買い物もビジネスも、梅田にはすべてがあるのですから」


 ……そりゃそうか。だって、梅田だもんな。大阪の中心地だ。


「あはは、狸穴くん、中学生かっちゅうねん。焦りすぎやて。相手、スーツやったから。お兄さんやろ」

「ああ……、いるんだっけ、白河さん。有名企業勤めのお兄さんが」

「だいたい、アンタもあたしと一緒によう買い物行ったり飯行ったりしとるやろ。お兄さんじゃなくても、ただの男友達かもしれんし」


 言われてみればそうである。僕と鈴鹿はただの友達だけど、よく遊ぶ。コイツも僕も大学近くで一人暮らしだから。誘い合って飯に行ったり、鈴鹿の家でゲームしたり。


「友達に誘われて遊びに行くなんて、よくあること。いちいち騒ぎ立てるほどのことでもないでしょう。あ、異性間での友情は成立するか、なんて問答は無駄極まりないからしないように」


 衛藤はこきりと首を鳴らした。


「人間、だれとだれの間であろうが関係なく、ありとあらゆる感情が成立するんです。憎しみ合う中で生まれる愛もあれば、愛するがゆえに憎むこともあるでしょう。友情と性欲が両立する中で、しかし、愛情だけは生まれない関係も、あるのです」


 珍しい衛藤の含蓄ある言葉に、僕も鈴鹿も一瞬黙り込んでしまった。


「……珍しく深いこというやん。意味わからんけど」


 衛藤は深く頷く。


「自分、人間関係の機微はすべてエロゲで学びましたので完璧です」

「エロゲかよ! ちょっと聞き入った僕が馬鹿みたいだよ!」

「狸穴氏と言えどエロゲを馬鹿にするのは許せませんな! エロゲには人生に大事なことすべてが詰まっているのです! エロゲはオタクの教科書!」


 いや、まあ、そういう物言いもよく聞きますけどね?

 けれど、たしかにそうだ。一緒にいる男女がすべて恋人というわけじゃないだろう。というか、そもそも僕と白河さんはただの同級生でしかない。僕が彼女の男女関係にやきもきしたところで、きもいひとりよがりにしかならないのだ。

 ため息を吐いて素うどんに向き直る。すると、鈴鹿がいきなり真面目な顔になった。


「でも、白河ちゃん狙いなんやったら、ほんまにちょっと焦ったほうがええで。普通にクラブとか行く子やし」

「いやいや、白河さんがクラブとか行くわけないじゃん」


 あのふわふわした美少女がクラブでパリピと踊り狂っている光景が思い浮かばない。冗談にしてももう少しまともなうそを吐け、と思ったけれど、鈴鹿はやはり大真面目な顔であった。


「これ、ほんまのほんま。マジの話やからね? あの子、狸穴くんが思っとるよりも、大阪の夜の遊び方、よう知っとるで」


 ……マジで?



※※※あとがき※※※

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