《ある世界の、いつかのこと》(1/1)


 黒澤さんに、変な質問をされたせいだろうか。その日は、久々に夢を見た。

 夢の中の幼い僕は、いつも、きらきらした瞳でこう言うのだ。


「ぼくも、冒険者になりたい!」


 木張りの床とカウンター。壁にはクエスト依頼書が所狭しに張り付けられ、たくさんの無頼者たちが右往左往しながら仕事を探している。

 僕はと言えば、テーブル席で豪快に酒を飲む男たちに、次から次へと木彫りのジョッキを運ぶ、下働きの子供だった。


「どうすれば、冒険者になれるの?」


 ジョッキと一緒に手渡した質問に、竜を殺した髭面の戦士は、大口を開けて笑った。


「馬鹿だなぁ、坊主! ならねえほうがいいんだよ、冒険者なんて!」


 たむろする無頼者たちは、その大声にあわせて笑うか、あるいは気まずそうに目を逸らす。


「どうして? かっこいいのに」

「かっこいいか! まあ、かっこいいやつもいるわな。俺とか」


 今度はブーイングが吹き荒れた。一番強く非難の声を上げるのは、同じテーブルに座る、竜殺しの戦士の仲間たち。弓使いの男性と、赤毛の魔女と、楽しそうに竪琴をつま弾く吟遊詩人。

 竜殺しは、ごほん、と咳をして、真面目な声を出した。


「いいか、坊主。収入が不安定で、家に帰らねえ日のほうが多くて、嫁も子供もほっぽり出して、どこかで野垂れ死ぬようなやつは、かっこ悪いだろ? 冒険者ってのは、そういうかっこ悪い仕事なんだな、これが」


 僕はまだ幼くて、その言葉の意味がよくわからなかった。竜殺しは、そんな僕を察したのか、髭だらけの強面で優しく微笑んだ。


「俺を見ろ。俺たちを見ろ。竜を殺して、それでどうなった? 富も名声も手に入れて、それでどうだ? ン? 残ったのは、ギルドで酒をあおって、次のクエストどうするか、次の冒険どこ行くかって顔突き合わせて相談してる馬鹿どもだ」


 馬鹿ども――、竜殺しの仲間たちは、寂しそうに、あるいは呆れたように笑う。大きな弓を背負った男性が、じっと僕を見た。


「僕達が手に入れたかったのは、冒険した先にある結果ではなく、過程そのもの。極論、結果なんてどうでもいいし、なにも残せなくていい……、というのが、冒険者という生き物。そんないびつな生き物には、ならないほうがいい」

「アンタ、言い回しがわかりづらいのよ。ねえ、ボクくん」


 黒い三角帽子をかぶった赤毛の魔女が、人差し指で僕の額をつついた。


「一度、冒険そのものに楽しみを見出してしまったら、もう戻れないの。普通の幸せなんて、手に入らなくなる。……手に入ったとしても、自ら投げ捨ててしまう愚か者になっちゃうの」


 吟遊詩人の女性が、膝に載せた竪琴を、ぽろろん、とつま弾く。


「そうですとも! 冒険者とは、夜ごとに煌めく星の光を追いかける生き様そのもの! 走り、追いかけ、手を伸ばし、だが届くことだけは決してない輝き! いつか命果てるその時まで飛び続けるさだめの、アマツバメのごとくね!」


 彼女は、酒場の床に足踏みの音を響かせた。そのまま、空を翔けるツバメが、ある街の鳥かごに棲むウグイスに恋焦がれる歌を歌い出した。酒場の無頼者たちが、たちまち足踏みを共鳴させ始める。どんな吟遊詩人でも歌える有名な歌で、酒場中から一緒に歌う声が上がる。

 気持ちよさそうに歌う無頼者たちをよそに、強面の戦士は僕にそっと顔を近づけた。


「なあ、坊主。お前には、持って生まれた特別な力があるだろう。商人向きの、いいスキルが」

「……うん」


 吟遊詩人は歌う。ウグイスもまたツバメに惹かれて、二羽の鳥は恋仲となる。けれど、ツバメに渡りの時期が来る。別れが近いと悟ったウグイスは、ツバメにこう頼む――、連れて行ってちょうだい、あなたの翼が向かう先へ。


「うまく扱えば、それだけで食っていける。金持ちにもなれる。それでいいじゃねえか」


 吟遊詩人の歌が、佳境に入った。ツバメは、ついにウグイスを鳥かごから救い出す。一緒に大空に飛び立つ二羽の鳥は、とてつもなく幸せだった。求めていたものを手に入れたのだ。


「そう。冒険者なんていうのは、それ以外にはなれない、あぶれ者たちがなる職。少年はそうじゃない。僕はお勧めしない」


 弓使いは淡々と言って、ツバメとウグイスの歌を口ずさみ始めた。

 恋を叶えた二羽の鳥。けれど、ツバメは季節と共に旅をする渡り鳥で、ウグイスは生まれた場所で生涯を終える留鳥だ。生まれが違う。育ちも違う。そんな二羽が一緒に旅をすることは――、とても、難しい。

 でも、幼く愚かな僕は、冒険がしたかった。胸躍る危険な冒険が。だから、なにか言い返したくて、こんな質問をした。


「だったら、どうしておじさんたちは冒険者を辞めないの?」

「ああ? ンなもん、決まってんだろ。自分の意思で辞められるやつは、そもそも冒険者になんてならねえんだよ」


 吟遊詩人の歌を背後に、竜殺しの戦士がそう言うところで、いつも夢が終わる。目が覚める。だから、僕はそのツバメとウグイスの物語の結末を、よくおぼえていない。



※※※あとがき※※※

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