《前期日程初日・昼十二時・大学食堂》(2/3)


 前世の僕は、十五歳で死んだ。

 まるでゲームのような、冒険者が剣と魔法の大冒険を繰り広げるファンタジーな世界で、僕はいわゆる荷物持ちポーターというやつだった。荷運び専門の冒険者見習いだ。


 英雄に憧れた僕は、荷物持ちになって……、冒険のさなか、あっさり死んだ。

 その死を哀れに思った神が転生させてくれたのかどうかは知らない。そもそもそんな神がいるのかどうかも。でも、ともかく異世界で死んだ僕の魂は、日本に流れ着いた。


 とはいえ、生まれた瞬間から前世をおぼえていたわけではない。

 高校生になってしばらく経ったある日、僕は突然熱を出してぶっ倒れ、うわごとのように前世がどうの、魔法がどうの、魔道具がどうのと呟いていたらしい。当然、病院に運ばれた。

 検査入院中、自分がおかしくなったのかどうか悩んでいるときにやってきたのが、法務省公安調査庁F案件対策室の派遣した職員だった。


「つまり、異世界転生なんですよ。F対のお偉方は、この言葉が好きではないようですが」


 若い女性職員は端的に説明してくれた。


「……こ、これって、よくあることなんですか?」


 病院のベッドに縛り付けられた僕は、とてつもない混乱の中にいた。

 十五歳のガキの中に、とつぜん別のガキの記憶が(それも異世界の記憶が)降ってわいたのだから、仕方なかったと思う。僕がへたれだからではなく。


「異世界……、公的用語では外世界と呼称するのですが、ともかく地球ではない場所の記憶を持つ転生者の数は、現在確認されているだけで全世界約十五万人。五万人にひとり程度ですね。よくあるというほどではありませんが、少なくもない数です。ちなみに、聞き取りの結果、異世界の数は二万六千ほどあると推測されています」


 それがどれくらい多いのか、よくわからなかったけれど、いま思うと相当な数字である。

 転生者は日本だけで二千五百人くらいいて、そのほぼ全員が違う異世界の記憶を持ち込んでいるわけだ。


「実際には、もう少し多いはずですよ。未登録の転生者がわんさかいますので。ただし、成長してから思い出される方も多くて、大半は記憶に蓋をして生きているようですから、無害と言えば無害です。外魂格も小規模な方が多いですし」


 外魂格とは、魂を前世の記憶に沿って変形させて、前世の身体能力を限定的に再現する能力のこと。正式名称は『外世界霊魂拡張現象』というらしい。僕の前世は十五歳の非力なガキだったけれど、怪物とかが転生してきたら大変なことになるのではなかろうか。いわゆる魔王みたいなのが地球に転生していたら、世界が征服されてしまうかも……、と当時の僕は思った。


「抗体反応があるんですよ」


 ありきたりな懸念なのだろう。若い女性職員は淡々と言った。


「生き物の体と一緒です。ウイルスが身体に入ると、対応し、排除しようと抗体を作り出すように、人類という種もまた『有害な転生者』に対するカウンターを生み出します。転生者を排除する能力を持った存在、超人や超能力者と呼ばれる存在ですね」


 女性職員はサイドテーブルのリンゴを手に取って、目にもとまらぬ速度の手刀で八等分にカットした。切り口の全く潰れていない、業物の包丁で切ったみたいな鋭利なうさぎさんたちがお皿の上に並ぶ。彼女もまた、そういった超人なのだろう。


「ぼ、ぼくも……、排除されるんですか?」

「さて、それはあなたが人類にとって有害か、無害か次第です」


 当時十五歳の僕を、若い女性職員はじっと見つめた。


「あなたは、この世界でなにをしたいと望みますか?」


 僕は熱っぽい頭で、前世のことをぼんやりと思い返して、五分ほど考えてから答えた。


「平穏に死にたいです。八十歳くらいで」

「そうですか。つまらない子供ですね」


 やかましい。


「でも、嫌いじゃない考え方です」


 仏頂面でそう言った職員の名前は、真田さんといった。僕をF対の転生者名簿に登録し、いろいろな便宜を図ってくれた恩人だ。無事に無害認定されたわけである。とはいえ、転生者の行動には制限がかかる。住居変更もF対の認可が必要だし、海外渡航に至っては原則禁止。

 そしてなにより、F対への協力義務が発生する。


「抗体反応にも限界がありますし、転生者の存在が秘匿されている都合、外部への対応も多くて……、F対はいつも人手不足でして」


 退院して、初めてF対関西支部を訪れたとき、彼女は少し言いづらそうに言った。


「転生者には、F対の嘱託職員になってもらう規則なんです。定期面会も兼ねて、毎月一度は私達からの依頼クエストを受けるよう、お願いします」


 正職員として雇い入れるほど優遇はしないし、信用もしないけれど、能力だけは利用したい――。つまり、ギルドと冒険者の関係で、要するにバイトである。



 前期日程初日の夕方も、そんなバイトがあった。

 大学近くで一人暮らしをしている鈴鹿に別れを告げて、最寄り駅へ。地下鉄千日前線で乗り換えて、大阪日本橋駅で降り、オタロードと呼ばれる電気街を通り抜ける。マンションの立ち並ぶ住宅街を抜けたあたりで、古臭い、小さな三階建てのビルが見えてくる。


 すすけたエントランスには、下は中学生くらいから上は七十代くらいまでの男女が五人、壁にもたれかかったり、ベンチに座り込んだりしていた。奥の通路にも何人かたむろしている。分煙が徹底されていなくて、エントランスが喫煙室も兼ねており、大変煙っぽい。

 たばこ臭さに辟易していると、景気よくスパスパやってる老人が、僕に気づいた。


「おう、狸穴やないけ。また鑑定クエストかいな」「いいねぇ、当たりスキルを継承できたやつは。おれも【鑑定】がよかったよぉ」「俺なんて三重の山奥からわざわざ出て来て、やることが事務手伝いっすよ。【算術】スキルなんてエクセルの前には無力っす、無力」


 軽口を叩くご同輩に作り笑いで会釈し、エレベーターで二階へ上がる。二階はワンフロアをついたてで仕切った、なんの変哲もないよくある事務所に見えるけれど、れっきとしたF対の関西支部、俗にいう大阪ギルドである。

 受付のよれたスーツのおじさんに、いつもと同じクエストをお願いする。


「狸穴くん、いつもありがとうねぇ。【鑑定】系の使い手は、ほかにいなくて」

「これしかできないだけなんですけどね」


 苦笑しつつ、おじさんに連れられて、三階の倉庫へ赴く。厳重に鍵がかけられた一室には、所狭しと様々な物品が置かれていた。骨董品の大きな壺から、安売りのおもちゃみたいなプラスチックの銃まで多種多様。


 転生者ならぬ、転生具たちだ。物に意識があるわけではないだろうけれど、人間と同じように前世を思い出した道具たちが、様々な継承術を発現することが、稀にある。

 そういったものが、いわゆる呪いのアイテムと呼ばれて、ここに運び込まれるのである。


「ほんとうに助かっているんだよ? ほら、転生者のみなさんはひとつしか継承術を引き継げないし、内容はランダムなんだろう? 運良く【鑑定】なんて便利なスキルを引き継いでくれたおかげで、関西支部は危険な転生具に悩まされることも少ないわけだし」


 転生者は外魂格という仕組みによって、前世の身体性能を引き継ぐけれど、もうひとつ、たったひとつだけ、前世の技能を継承する。それが炎を操る魔法なのか、物理法則を無視した格闘術なのか、すべては運次第のランダムで、僕は……、うん。

 見たモノの名前や詳細がわかる【鑑定】を引き継いでいる。


 ビルのエントランスでたむろしていた転生者の多くが、大した継承術を持っていない。いわゆるハズレ組だ。【鑑定】は大当たりで、前世で僕が暮らしたゲームみたいな異世界では珍しくもなかったスキルだけれど、地球においては非常に使い勝手が良い。


 おじさんは「外魂格は二時間まで。継承術の行使もこの倉庫の中でだけにしてねぇ」と、先月も聞いた注意事項を朗読して、倉庫から出ていった。毎回こうして、ついて来て説明するのが規則なのだそうだ。公務員って大変だと思う。


 倉庫に積まれている呪いのアイテムは、大半はロクなものじゃない。髪が蠢く市松人形だとか、深夜になると笑いだすベートーベンの絵画だとか。たいていがただの気のせい、目の錯覚、『呪いだ』と勘違いした人間の恐怖が産んだ幻覚に過ぎない。ホンモノの転生具は、ほんの一握りだけだ。


 だからこそ、稀に見つかるホンモノは危険で、価値がある。『持ち主に【衰弱】を付与する指輪』とか『ひとりでに【発火】する花瓶』とかは早々に対応しないと大変なことになる。もっとも、神話で語られる『疫病が詰まった箱』のような転生具は、真田さんたち人類の抗体反応が本能で嗅ぎつけて真っ先に対処するらしい。


 よって、僕のもとにやってくるものは、人類を脅かすマクロレベルのものではない。もっとミクロな営み、個々の生命を脅かす可能性がある小物たち。【鑑定】クエストとは、関西各地から回収された曰く付きの危険物を確認し、それがただの偶然の産物なのか、あるいホンモノの転生具なのかを判別する仕事だ。


 必要不可欠な仕事で、月一回でも大学生が一人暮らしできちゃうくらい日当がいいし、外でのクエストじゃないから危険も少ない。エントランスの連中がうらやむのも理解できる。ひとりだけ、いけないことをしているようで居心地が悪いけれど。


 少し気合いを入れてから、外魂格を展開する。見た目の変化はない。前世の出力が高ければ、魂は体外へと拡張されてオーラが見えるけれど、僕の場合は十五歳の非力な子供だ。身長も体重も、現在十九歳の僕より小さかったから、オーラが体内にすっぽりとおさまってしまう。


 ジャケットの懐からレトロな片眼鏡を取り出して、装着する。外魂格しなければ継承術は使えない。転生者なんていうと、漫画やアニメの主人公みたいに思えるけれど、やることといえばレンズ越しに呪いのアイテムとにらめっこして、一緒に置かれている長方形の紙片に「命中率に補正をかけるスキルに覚醒しています」「ただの表情が怖いこけしです」などと書き込むことである。冒険の欠片もない。……そして、それでいいのだ。冒険なんて、しなくていい。


 しかし、命中率に補正のついた消しゴムなんて、いったいなにに使えばいいんだろうね?


※※※あとがき※※※

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