第20話

 そのまま広輝は美咲の母とは反対方向に進み、中学生の頃よく美咲と一緒に歩いていた散歩道を走り抜ける。首を左右に振って美咲の姿を探すけれど、あたりは閑散としていた。住宅街の中を一人駆けていく中、ある家の前にやって来ると広輝が立ち止まる。別に美咲が見つかった訳じゃなかった。

 だがその家の玄関横に置かれた犬小屋からリードが伸びていて、そこに繋がれた柴犬が広輝の足元まで来て吠えていたのだ。柴犬は今にも広輝に噛みつこうと口を開けその歯を見せつけていたが、リードの長さの問題かギリギリ広輝の足には届かない。

 だが犬は諦めずうねり声を上げながら、広輝に噛みつこうと足を踏ん張っている。広輝は犬に恨まれる覚えなどなかったが、ふとその犬の姿が自分自身に重なりすっと寒気が降りてきた。一気に顔が青ざめる。

 もし美咲が死んでしまったら。そんな想像が頭を過り、感じたこともない恐怖が体を支配した。

 やがて広輝は散歩コースを回り終えると、他にも図書館や公園、駅など街中の場所を見て回った。自分が自分ではないような気がして、広輝は必死に走る。息が上がっていたけれど、それを俯瞰的に見ている自分がいて、そんな自分がさらにスピードを上げた。口の中に鉄分の味が広がっていく。

 もし美咲が本当に死のうとしているならどこを選ぶだろうか。美咲ならばきっと、誰にも迷惑をかけないような場所で独り静かに死ぬだろう。

 山だ。そう思いついた瞬間、広輝は回れ右をし市民体育館沿いの坂道を全力で駆け上がる。広輝たちの住む住宅街の裏には今もまだ、自然な山が残っていた。

 そうやって広輝が足を動かしていると、電話のコール音が切れる。広輝は走ったまま、再び美咲へと電話をかけた。履歴を見ると、もう十回以上応答なしの文字が並んでいる。

 それから何時間もかけて、広輝は山の中を走り回った。子供のころからよく遊んでいた場所で、それほど大きくもないため、もし美咲がいたらすぐに見つけられただろう。

 だが結局美咲は見つけられなかった。一日中、あちこちを探し回ったけれど、美咲は煙のように消え、気配さえつかむことが出来ていない。美咲の母や途中から捜索に加わった陽菜も成果は無かったようである。広輝は自嘲するように笑いながら帰路へと着いた。

 すでに日は沈み、あたりは暗闇に包まれている。広輝は何時間にもわたりあちこちを走り回ったはずなのに、なぜか疲れは感じなかった。そして、家に帰ると何も考えることの出来ないまま、亡霊のように自室へと籠る。

 母に夕食は冷蔵庫にあるもので適当に取ってくれとメッセージを送り、ベッドの上に座り込むとスマホをほっぽり出す。

 広輝はベッドの上で体育座りをするような体勢で、頭を抱えた。動きを止めると、焦燥感が何倍にも膨れ上がり、鼓動を早くさせる。息が浅く、吸っても吸っても酸素が足りないような気がした。

 どうしよう。どうすればいいのだろう。

 美咲はどこに行ったのだろうか。もし美咲が死んでしまったら。そのことを考えると、広輝は自分も死んでしまいたいという欲求に駆られる。

「結局、自分が可愛かっただけじゃないか」

 広輝の口から自然と言葉が漏れる。自分のせいで………。広輝は右の拳を握ると、壁に強く打ち付けた。直後に激痛が走るも、声は上げない。自分のせいだと言い聞かせた。

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