第3話
翌日。広輝は掃除当番を代わってもらい、放課後になるや否や部室へと急いだ。夏休みが近づいてきている。それすなわち、先輩たちの最後の大会が近づいてきているということだった。自分が足を引っ張って先輩を負かす訳にはいかない。そう思って広輝は少しでも早く練習を始めたかったのである。
教科書の詰まった鞄と、両手にそれぞれスパイクと着替えの入った袋を持ち渡り廊下を歩いていく。その先にあるのが部室棟である。
やがて一階奥にあるサッカー部の部室前に着くと、錆びついて硬くなっている扉を力いっぱいスライドさせた。
すでに着替えを始めていた何人かの先輩たちの視線が一斉に広輝へと集まる。唯一、正面のベンチに座った坊主頭の先輩だけがすぐに目を逸らした。
すると先輩の横でスパイクの紐を結んでいたガタイの良い長身の先輩がスッと立ち上がると、広輝の下へ近づいて来る。
先輩は広輝の目と鼻の先まで詰め寄り、ほぼ真上から広輝を見下ろすようにして口を開いた。
「もうお前、練習来なくていいから」
広輝は一瞬言われたことの意味が分からなかった。しかしその言葉を理解するとすぐに声を上げる。
「は?」
しかし先輩はそんな広輝を無視するようにくるりと回れ右をして、部室の中へ戻っていく。
それと同時に広輝に向けられていた先輩方の視線が一斉に散った。
広輝はひどい疎外感を覚えて、声が上ずりそうになりながらも部室の中の誰にともなく問いかける。
「どうして。このチームに俺より上手いフォワードがいるのか?お前ら、勝つ気ねぇのかよっ!」
最後の方は自然と声量が大きくなり、叫んでいるようになってしまった。しかし、先輩たちは黙って俯いたまま各々の着替えに集中している。誰も言葉を発そうとはしなかった。
呆然と立ちつくす広輝。先輩たちが必死に広輝の方を見ないようにしているのが空気感から伝わって来た。
やがて重い沈黙を破るようにして、坊主頭の先輩が腰を上げる。まるで背中に重りを背負っているのかと思う程、ゆったりとした動作だった。
先輩は広輝の方へぽつぽつと歩いて来ると、一瞬だけ広輝の方を見てまた目を逸らし、覚悟を決めたように息を吐く。
そして広輝の目の前に来ると、部室の扉を勢いよく閉めた。
広輝の視界が突然、錆びた鉄色に支配される。やがて中から鍵が閉められるような音がした時、広輝は「下手くそどもが」と中に聞こえるか聞こえないかくらいの声で悪態をつき、ふらつく足で部室を離れた。
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