孤高の現場管理職 1
勇者杯で死者が出たとの報告を受けた時はたいそう驚いた。私は冷静に部下に聞いた。
「事故? それとも……」
「他殺です。残念ながら」
私は食べていたサンドイッチを置いた。もう当分は朝食なんて食べる暇なくなるな。
ただでさえ一年で一番忙しいこの時期が地獄に代わる。すまないハニー。もう行かなくちゃならないんだ。食べかけのサンドイッチに別れを告げると。私は班長の詩集が入ったジャケットを羽織った。
「うわっ、なにこの死体。心臓ないじゃない」
新鮮なまま直送された死体を目の当たりにして、私は目を背けた。一瞬見た被害者は胸のあたりがえぐれていた。
「亡くなられた女性は勇者杯の選手だそうで、試合直前に殺害されたようです」
「てことはまた『選手殺し』が現れたわけね」
二年前、勇者杯で起きた『選手殺し』事件は今だ未解決のままである。当時配属されたての私は、様々な方面からバッシングとプレッシャー、ありがたいご指導を与えられた。
「にしても、前回と殺害の手口が違うわね。2年前は毒殺だったはず」
「はい。実は班員の中に魔法を見たものがいまして」
「ふむふむ。どうだったの?」
「それがですね……」
部下は何やら言いづらそうだった。
「私たち兵士の一人なのです」
「はあ?」
情報量が多すぎてひっくり返りそうになる。ひどい顔をしていたようで、部下が少し後ずさりした。
「はい。別の班の人なのですが」
「その人は今どこにいるわけ」
「それが、誰も所在を知らないのです……。と言うのも、私たちが所属する部隊とは全く違う部隊に所属している人で、誰一人所在を知らないのです」
事態は芳しくない。今回の事件と同じ手口を使えると言うことはこの事件に関与していることが十分に考えられる。と言うか、犯人の可能性がある。とりあえずは、その兵士に会う必要がある。
「10分後、会議室に集合しましょう。そこで人員の配置と今後の動きを決めます。まずは、会場をどうにかしないとね。試合の再開、いつからできそう?」
「もう再開の準備ですか?」
「さっさと再開しないと怒られるのは私だからね。犯人突き止める作業も大事だけど、最優先事項はこっちよ」
「はあ」
「じゃ、後は頼むわよ」
部下に後を任せると、私はコロシアムの外に向かって進んだ。
殺害に関与しているという別部隊の兵士。名前こそ判明しなかったものの、一人だけ心当たりがある。というか、彼以外ありえない。彼なら確か、観客席に紛れているはず。
会場の混乱具合はすさまじかった。私は群集を押しのけるようにして2階の観客席に向かった。その最後部の座席、いつも顔色の悪い彼が座って会場を見ていた。
「リーデンさん。一体どういうことです?」
彼はこちらを見ずに口だけ動かし始めた。
「どうもこうも、俺が聞きたいくらいだ」
特別捜査班のリーデンは私がここに来るよりも前にここに配属されたベテラン兵士だ。毎年勇者杯に参加することで『選手殺し』の動きを見張っている。……とは本部からは聞いているものの、接点が少ないため謎が多い人だ。
「殺しの手口の件、本当なんですか?」
私は小声で聞いた。
「ああ、あの小娘の首飾りに『影』を仕込んだ」
「……じゃあ、やはりあなたが」
「俺がやったことはそこまでだ。ただ、仕込んだ影を発現させたのは俺じゃない。犯人の仕業だ」
意味の分からない主張に言葉が詰まる。
「……じゃあ、魔法は使ったけど殺したのは自分じゃないっていうんですか?」
「まあ、そんなとこだ」
返す言葉が見つからない。特別捜査班の人間ということで限りなくシロに近いとは思うが、状況があまりにも悪すぎる。
「とりあえず、リーデンさんの無実がわかるまでは活動を制限させていただきます」
「それはできん」
「はあ?」
灰色のネクタイを緩めると、リーデンは重そうに腰を上げた。
「俺たちの組織構成を知ってるだろ。俺とお前は別部隊所属だ。加えて俺の方が階級は上にあたる。……行動を制限する道理なんてお前にはない」
返す言葉もない。リーデンが所属する特別捜査班は、少々特殊な構成をしている。私たち捜査部隊が部隊長に仕切られているのにたいして、特別捜査班はこの国の『東局』を仕切っている『東局長』が直接指揮をしている。ちょっとやそこら偉いどころの人物ではないのだ。
「しかし、今回の事件はリーデンさんも関係があるわけで、一度ご同行いただかないとこちらの操作が」
「知ったことじゃない。お前たちで何とかするんだ」
無責任に言い放つと、こちらにも目もくれず歩き出した。
「あ、そうそう。一つ忠告だけしといてやる。この事件、1人嗅ぎまわってるやつがいる。俺の足は引っ張るなよ」
そう言い放つと去っていった。
あんな社会性のかけらもない人間でも、私よりお金もらっているのか。そう思うとなぜか悲しくなってきた。
「リアラズル班長!」
リーデンと入れ替わるように部下がやってきた。今は殺人事件が起こった直後だ。切り替えて仕事に戻らなくては。
「どうした?」
「前日に被害者とあった方と連絡が取れました。今から本部に来られるようですが、お会いしますか?」
「すぐ行く」
人の出入りが激しい勇者杯では聞き取りもままならない。会えるうちにあっておかねば。
私は本部に引き返した。
それは異世界も同じ話 かお湯♨️ @makenyanko30
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。それは異世界も同じ話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます