勇者人を殺さず 3

 そのまま2階の観客席に上がると、下とは異なる景色が見えた。

「結構落ち着いてるな」

 不安な顔をしてざわついてはいるが、先ほどの騒ぎように比べたら随分と落ち着いている。ついでに身なりもいいように見える。ここだけ席の料金が高いのだろうか。

 僕はゆっくりと歩いた。あくまであの時に感じた魔力色と似ていただけだが、もしかしたらこの中にカノを殺した犯人がいるのかも知れない。

 席を探しているようなフリをしてさらに進んでいく。魔力を感じる先は近い。最後列まであと5組。

 1組目。金回りの良さそうな男。魔力さえも感じない。

 2組目。正装を着た青年。彼も違う。

 3組目。白いドレスを着た貴婦人。手元の宝石に魔力がこもっていて、感覚を研ぎ澄ますとうっとおしい。しかし彼女も違う。

 4組目。違う。

 5組目。痩せた男。魔力はない。

「あれ……」

 僕が首を傾げると、男は悪い目つきでこちらを見た。あわてて僕はそっぽを向いた。

 依然僕が感じ取った魔力は周辺に存在する。しかし、いったいどこにいるのかが検討つかない。

「おっかしいなあ〜」

 頭をかきながらあたりを見回した瞬間、僕はその魔力の正体と目が合った。

 観客席のさらに後ろの誰もいない空間。探し人はそこで誰かの食べ残しのりんごを食べていた。

「なるほどね」

 器用に皮をよけてついばむくちばし。黒い光沢の羽根。魔力の出どころはカラスだった。

 魔力の感じるカラスといえば、魔法界で察することのできない人はいない。『伝書ガラス』と呼ばれる一種の連絡手段だ。

 魔法でカラスに場所と要件を覚えさせる事で、遠方のにいる人との意思伝達を図ることができる。このカラスという生き物は相当に賢いもので、餌を与える事できちんと目的地まで飛んでくれるのだ。魔法学校での研究によると、ちゃんとこの利害関係を理解しているらしい。

 つまりはこのカラスはあの黒い魔法色の持ち主の有力な手がかりというわけだ。

 さて、どうしたものだろうか。捕まえさえすれば良いのだが、魔法がなくたって飛べる生き物相手はそう簡単じゃない。

「あっ」

 そうこうしているうちにカラスは飛び立ってしまった。コロシアムの外、店が連なった方向を一直線に飛んでいく。

 僕は腕時計を見た。席を立って5分くらいだっただろうか。あと20分くらいは席を外したままでもバレない気がする。

 となれば、やる事は一つか。

「……走るかあ」


 コロシアムの外は色んな人が出入りしている。特に始まったばかりのこの時間帯には入場者が多い。その流れ逆らってカラスを追いかける。

 僕は結構鼻が効く。というのも、臭いに関してじゃなく魔法に関しての話だ。少し距離があるがまだ近くにいる。

 ……そう考えて歩き続けて10分そこらがたった。しかしカラスとの距離は一向に縮まらない。

「カラス……。やっぱ頭いいな」

 野生の本能は文明を凌駕することがよくある。さっき出会った数秒、僕を警戒すべき敵と認識して距離をとっているに違いない。こうなってしまったらカラスが逃げる暇もなく追いつくしか手段がない。とはいえ、翼でも生やさないと追いつく事は難しい。1人で追いかけるには限界がある。

 僕はその場で考え込んだ。キリがないので立ち止まって考えていると。すぐ近くで人だかりができているのに気づいた。

「やっぱ選手に会えるのは現地に行く醍醐味だよな」

「俺なんか昨日も別の選手にあっちゃってさ」

 どうやら勇者杯の選手がいたらしい。人だかりの中心を見ると特段ガタイのいい男を中心に輪ができている。

「失礼。あっちにいる人って勇者杯の選手で?」

 俺は近くで会話をしていた人に聞いた。

「ああ、ニックって選手知らないか? 数少ない勇者杯に10回以上出場してるベテラン選手だよ」

「まあ、10回以上優勝できてない訳でもあるけど」

「なるほど、ありがとうございます」

 僕はニックのもとに向かった。彼の力をうまく利用すると、カラスに追いつけるかもしれない。

 ニックは慣れた口調で観客と交流していた。

「さあ、サイン欲しいやつはどこにでも書いてやるぜ! 欲しかったら手形もな!」

 豪快な声があたりに聞こえる。結構人気な選手なようで、サインや握手をひっきりなしに求められている。筋肉がウリの選手なようで短い袖からは僕の太ももより太い腕が見える。

「さあさあ、今ならなんでもしてやるぜ。まだ喋ってない人はいるかな?」

「はい!」

 僕はすかさず手を挙げた。大会関係者のバッヂは懐にしまった。

「次は坊主かい」

「僕、ニック選手に会いたくて遠方からここに来たんです」

「そりゃ嬉しいこと言ってくれるじゃないか!」

「ずっとニック選手のパワーに憧れてて、それを感じたいんです! そこで……」

「うんうん、なんでもしてやるぜ」

「……そこで、『投げて』欲しいんです」

「うんうん、投げて欲しいわけか。ん? 投げて?」

 予想外の要求にニックは面食らった様子だ。周りの観客も首を傾げていた。

「はい! 着地できるくらいの高さでいいんです! どうしてもニック選手のパワーを感じたくて!」

「はあ……。でも、危なくねえか」

 ガタイの割に慎重じゃないか。

「大丈夫です! 僕、建物の5階から落ちても平気だったことがあるので! 是非!」

 一歩大きく踏み込んで極限までニックに近寄った。押しに若干の動揺を見せたが、すぐに表情を戻した。

「じゃ、じゃあいいぜ。みんな、この少年は俺に投げられたいらしい! 空高く上げてやるからよぉく見とけ!」

 僕はカラスを捕まえるためにニックに投げてもらう作戦を考えたわけである。ただ、少し投げてもらったくらいじゃ高さが足りない。そこでは、僕は魔法をかけた。僕の脇を抱えようとしたニックはすぐに異変に気づいた。

「坊主……結構、重いな……」

「そうですか?」

 僕は極限まで魔法で体重を重くした。予想外の重さにニックは血管を浮かび上がらせながら僕を持ち上げた。周りにはわからないだろうが、大人の馬くらいに重くなった僕をバレずに持ち上げることができるのはなかなかすごい。

「じゃあいくぜ。さん、に、いち……」

 投げるために踏み込んだその瞬間。僕は重くした体をもとに戻した。ニックのしまったというような顔が見えた瞬間。僕の体はカタパルトのように射出された。

「坊主ー!」

 風を切る音にニックの叫び声が混じる。天空まで届きそうに上昇する僕は、目を凝らしてカラスを探す。上空から見るとすぐに見つかった。通りにあった小屋の屋根。一番高いところに1羽だけ、黒い物体が見える。

「見つけた」

 魔法で空を蹴る。一直線に突撃した僕は、小屋の屋根に墜落して爆発音のような轟音を響かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る