勇者人を殺さず 2

貫いた腕は黒よりも暗く、赤よりも刺激的に見える。腕の先端は人を殺しやすい様に鋭利に尖っている。

 えぐりあげるように持ち上げられたカノは痙攣しながら腕を叩く。叩く力は次第に弱くなる。生命がこぼれる様がはっきりとわかる。しまいには腕にぶら下がる様にぐったりしてしまった。俯いた口からは真っ赤なアレがこぼれる。影は死んだのを確認し、むくろを投げ捨てた。影がカノの元に戻ると、死体と血溜まりが残った。

 その一部始終を、僕含む全員が呆気に取られて見ることしかできなかった。生物の狩を見た様な、無常な空気が通り過ぎた。我に帰った観客は恐怖と混乱の混じった声で叫んだ。

 混乱したのは僕も例外ではない。同じく青い顔をしたギルロの方を向いた。

「ギルロさん……。これはどういう……」

「……俺にもわからん」

「と、とにかく。カノさんを助けないと」

 死んだ。カノはたぶん、おそらく、いや確実に死んだ。それなのに、現実をうけつけたくなくて、助けないとなんて支離滅裂なことを口走ってしまう。カノに近づこうとする僕をギルロは肩を掴んでいさめた。

「まて、それはお前の仕事じゃない」

 ギルロは僕の両肩を掴んだ。

「コリン、今のお前はなんだ、何者だ?」

「何って……。今は、新聞記者です」

「そうだ、新聞記者だ。お前はこの話を誰かに伝えなくちゃならねえ」

 ギルロの声を聞くと僅かに正気が戻ってきた。そうだ、僕は今仕事中だ。

「こんだけの大事件、多分号外記事(大事故が起きた時に作られる新聞)を出す事になる。そうなったら時間の様子を記録しなきゃできねえ。コリン、魔法使いとしての目線で何が起きたかを整理してくれないか? 俺は……写真を撮るから」

 カノの周りには運営関係者が集まっている。1人が担架を運んできている。

「……わかりました」

「よし、さすがはエリートだ」

 今の俺にできる事。それはこの事件を報道する事だ。何が起きたのか、誰にでもわかる様に整理する事にした。


 隣でギルロは事件現場や会場の様子を撮影していた。担架で運ばれるカノの姿も、心を殺しながら撮影していた。その間、僕は事件の様子を言語化した。

 カノを攻撃したアレは間違いなく魔法だろう。ただ、あんな魔法は学校でも見聞きしたことがない。人から離れ、具現化した影を作り出すにはいくつもの魔法を組み合わせる必要がある。一つは影という現象に実態をつける魔法。さらにそれを操る力も必要になるだろう。どちらも実現しようとすると技術と才能と時間がいる。並大抵の技ではない。それに魔法の『色』も気になった。

 会場のどこかで黒い無機質な魔力を感じ取った。そういえば影を生み出したこんな感じの魔法だったとメモをした。

 僕たちが唱える魔法には筆跡のように一人一人特徴がある。それを魔法の色などの様に呼び、魔法使い個人を特定する証拠として利用されている。人が歩いたら足跡が残る様に、魔法を使った跡ができるのだ。詳しく魔法を使った個人を特定するには、魔力色に詳しい専門家の力が必要だが、大体の特徴は僕にも掴むことができる。

「……ん?」

 どこかであの影と同じ魔力色を感じた。それはもしかしたら犯人を特定することができるチャンスなのではないだろうか? すでに会場内に同じ事に気づいている人がいてもおかしくはないが、確かめて見る価値はある。

 僕は紙とペンをおいて席を立った。

「おい、記録は終わったのか?」

 神妙な顔で撮影をするギルロが僕を呼び止めた。

 記録は書き終わっていない。しかし、この好機を逃すわけにはいかない。

「……ちょっと、さっきので気分が悪くて。ウップ……」

 僕は口に手を当てて中腰になった(ついでも魔法で顔の血色も変えた)。

「……あんな惨劇を見た跡だからな。ちょっと人いないとこで風当たってこい」

「はい……」

 ……ギルロの優しさに漬け込んだ様で胸が痛んだ。とはいえ、やってしまったものは仕方がない。黒く無機質な魔力色の出所に急がねば。


 席から離れると、混乱した観客が慌てふためいていた。さっき感じ取った魔法色はコロシアムの2階から放たれていた。

「ちょっと失礼します……」

 僕は波打つ観客に割り込んだ。

「ちょっと! 押さないでよ!」

「うるせえ! 邪魔なんだよ!」

「す、すいません少しだけ開けてもらって」

 興味本位で見に行きたい人と恐怖で外に出たい人が互いに邪魔し合っているらしい。これじゃあ一向に進めない。

「今年も死人が出るとは、こりゃ相当荒れるな」

 群集の中で誰かが喋った。

「前回『選手殺し』が起きたのは5年前だったかな。運営は何も対処せんのか」

「何もしないだろうな。前回起きた時は10人以上関係者が死んでも続けたんだ。莫大な金が動く以上辞めれんのだろう」

 『選手殺し』。観客は興味深いを話していた。

「おいガキ! 足踏んでんだよ」

「あ、すいません」

 咄嗟にその場を離れると外に追い出される様な形になってしまった。どうもこのままでは突破できそうもない。

「地上がダメなら、壁から……」

 近くの壁に足を乗せると、僕は体を浮かせた。多少非魔法使いに指をさされて恥ずかしいが、仕方のない。

 僕はそのままヤモリの様に四足歩行で壁を進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る