勇者人を殺さず 1
翌日、僕はしっかり寝てから再びスタジアムに足を運んだ。
スタジアムの盛況っぷりは昨日の比ではなかった。今日から勇者杯が開催されるということで、強者の戦いを見届けたいものと賭けで一山当てたいものでごった返してた。僕は人々の波に押されながらも、報道者席に向かった。
「おはようございます。ギルロ先輩」
「おう」
報道者席につくとギルロが先に座っていた。初めて会ったとき同様ペンと紙を持ってるが、昨日と違って真面目に仕事しているらしい。紙には簡略化された字でメモが書かれている。
「そろそろカノの試合が始まるが、その前にこれ読んどけ」
そう言うと、ギルロは新聞を渡してきた。表紙には昨日行った取材の内容が書かれている。僕らの朝刊らしい。
「そういえば、これいつの間に書いたんですか?」
「ああ、まあちゃちゃっとな」
昨日の取材では僕はメモを取るところまでしかしていない。おそらく、そこから記事にまとめるまではギルロがやってくれたのだろう。
「昨日の記事、僕も手伝わなくて良かったんですか」
「お前はまだ来たてだからな。執筆まで任せるにはまだ早いさ。それよりも、今日は先に覚えてほしいことがある」
そう言うと、再びトランクから何か取り出した。そらはゴツゴツしたフレーム丸出しのカメラだった。
「こいつはお前のために新しく買ったカメラでな。俺がいっつも使ってるのとは違って魔法使い専用のやつだ」
そう言うとそのカメラを僕に渡してきた。ずっしりとしていて、両手じゃないと到底持てそうにない。
「魔法使いならいろんな機能が使えるらしいんだけどな、その中でもズーム機能を使いこなせるようになってほしいんだ。それが使えるようになれば今まで俺が撮ってた写真よりも綺麗なやつが撮れるようになるはずだからな」
「ズーム機能が使えるようにって、簡単に言いますけど魔法使いならみんなできるってわけじゃないですよ?」
「ええ? そうなのか?」
「はい。たぶん光に関する魔法を使える人じゃないと無理です。必要な魔法と程度にもよりますけど」
フライパンで料理をするには熱を生み出す魔法が必要だし、言葉なしで意思疎通をするには情報に関する魔法が必要である。そしてその魔法の引き出しは、ほとんど先天的なもので決まってしまう。非魔法使いの人にはそのような常識はないため、魔法使いと非魔法使いにはどうしても認識に差が生まれてしまう。それも、魔法の才能がある人は学校から職場までほぼ管理されていることが原因にある。だからこそ、勇者杯は非魔法使いの間で盛り上がる。
「しまったな。そこらへん下調べしておくべきだった。これじゃあ高価でデカいだけのカメラを買っただけじゃないか」
「いや、別に僕もこれ使えますよ。学生の時似たようなもの触ったことあるんで」
ギルロは呆れたような顔をした。
「あのなあ、そう言うことは早く言えよ。まあいい、試合始まるまでに使えるようになっといてくれ。カノもそろそろ入場してくる頃だから」
そういった矢先、カノと相手選手のミトが入場してきた。
「あっ、あの姫さんあの首飾りつけたまんまじゃねえか。こりゃ試合の後の取材も荒れるな」
遠目に見てもカノの胸元が輝いているのがわかる。試しにカメラでズームしてみると、明らかに昨日の紫の首飾りをつけている。
「後で揉めるってわかってんのになんでつけるかねえ。まったく、女心はわからん」
「そこまで大事なものなんですかね。あげた人リーデンさんでしたっけ」
「ああ、何年も連続して出場しては決勝目前で棄権する。観客にも選手にも敬遠されてるやつさ」
「へえ。なんかカノさんと気が合いそうな人でもなさそうですね」
高飛車で子供っぽいカノ。正体不明で嫌われ者のリーデン。僕らにはわからない共通点でもあるのだろうか。
「……ん?」
カメラでカノの姿を追っていると、わずかに魔法の力を感じた。一瞬だけ、鈍感な魔法使いにわからないような微量な力が。
「ギルロさん、まだ試合始まってないですよね?」
「え? ああ、2人とも始めの定位置についてないからな」
試合前の魔法。勇者杯の詳細なルールを知らなくてもそれが違反行為だとわかる。相手の喉に剣を突き立てておいて試合が始まるような不平等さがある。
微量だった魔法は遠くに見えた積乱雲の様にすぐに大きくなり、次第に魔法使いの審判や関係者がざわつくのがわかった。相手のミト選手も警戒している。
「おい、なんかおかしくねえか? ありゃ……影?」
カノの足元から黒い何かが這い上がってきた。人型、特にカノの見た目にそっくりな黒い塊だ。それが出現した代わりにカノの影は空っぽになっている。
カノを見ると本人も驚いているようだった。カノの声が聞こえるまで耳を研ぎ澄ます。すると、彼女はその影に向かってつぶやいた。
「これは……私……?」
カノの影は獣のように唸った。すると、一瞬にして影の腕がカノの胸を貫いた。
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