記者の流儀

 都市部では、大きな催し事があるとそれについてくるようにさまざまな商売が出来上がる。その現象は、闘技場においても例外ではない。闘技場の外では、さまざまな出店に行列ができている。お昼時になって腹を空かせた僕とギルロは、闘技場を出てすぐのところにあった麺屋に入った。

「にいちゃん。そば大盛り一つ!」

「あいよ!」

「コリン。約束通り昼飯は奢るぜ。好きなもん選びな」

「ほんとですか。じゃあ……わかめうどん一つ」

「あいよ!」

 簡易的な建物の中は、客と鍋の熱気で蒸し風呂みたいになっている。店主は1人で黙々と麺を切り、器に盛り付けていく。

「しかし、俺の右目が今もあってよかった。コリンがいなかったらアレが突き刺さってただろうよ」

 ギルロが右目に手を当てて言った。

 試合の最終局面。折れた剣先がギルロの顔めがけて飛んできたのを、僕がギリギリでキャッチする事ができた。もし取れていなかった時のことを想像すると、今でも身震いがする。

「あのスピードで飛んできたってことは、刺さってたら多分頭貫通してましたよ、アレ」

「おいおい、怖いこと言うなよ。食欲失せるじゃねえか」

「お待たせしやした! こちらそば大盛りとわかめうどんね」

「おう、ありがとよ」

 僕とギルロは熱々の昼ごはんを冷ましながらすすった。

「そういえば、お前さんとする仕事の話をまだしてなかったな。コリン、『勇者杯』って聞いた事があるか?」

「勇者杯ですか。名前だけなら」

「まあ、お前はギャンブル好きってクチでもなさそうだし、そんなもんだよな。これやるから、いっぺん目を通してみろ」

 ギルロは紙の束を渡してきた。少し古臭くて薄っぺらい紙。僕たちの商品である新聞だ。

 開いて表面の記事を見てみると、件の勇者杯についての記事が載っていた。

『勇者杯、昨年比1.3倍に拡大

ー⚪︎月×日、東部勇者杯運営本部より、今年開催される勇者杯の予算及び見込み収益が発表された。その内容によると、勇者杯が開催される1カ月間における現金の流れは、総額……』

「5000億エレク!?」

 桁違いの数字に思わず口からわかめが飛び出た。汚そうにギルロが身をすぼめるので、机を布で拭いた。

 5000億エレク。そんな数字国の防衛費くらいでしか聞いた事がない。一般男性の生涯の総所得が2億程度だから。2500人分の一生分のお金がこの1カ月に詰まっていることになる。

「国が運営している賭博の中でも最大規模だからな。ここで得られたお金は国の運営に使われる。国民にとっちゃただのお祭り事だが、国は蓄えを増やすチャンスなのさ。だから、年々規模を大きくなる。賭けのマージンもバレないようにこっそり増える」

 にいちゃん、そばおかわりね。そう言いながらギルロはコップの水を飲み干す。対して僕は記事の情報に釘付けだった。

「ところでコリン。うちの新聞の売り上げ、出版業界で何位に位置してると思う?」

「そうですね。あんまり名前は聞かないから、5.6位くらいですか?」

「甘いね、うちは昨年16位だ!」

 ギルロはなぜか自慢げに言った。おかわりのそばが届くと、また麺をすすり始めた。

「だからよ、俺たち弱小出版社はこう言うビッグイベントに乗っかる必要があるわけ、ここでよそよりもいい記事を作って、固定客をガッポリ掴むんだ。勇者杯ってのはどの商売人にとってもそう言うもん。ビジネスチャンスなんだ」

 この話を聞いて、なんとなく僕がここに配属された理由がわかった。勇者杯の記者を増やすことで、より良い品質の記事を届ける。それによって新しい顧客を掴む。言わば、僕がここに配属されたのは先行投資だったのだ。

「ところでよ、固定客をガッポリ掴むにはどうすればいいと思う?」

「そうですね。より読みやすくて、情報量のある記事を提供する。……とか?」

「そうだな、それも間違いじゃない。だけどな、それよりも重要なもんがある。それが『情報の独占』だ」

「情報量の独占?」

「そうだ」

 2杯目のそばを食べ終えたギルロは、荷物に手を突っ込んでがさごそと探し物を始めた。

「この新聞にしか載ってない裏話、見解、写真。そう言った特別感が売上に繋がるわけよ。そこで、俺たちは勇者杯でこいつに焦点を当てることにした」

 ギルロは荷物から何か取り出し、俺に差し出した。写真のようだ。その写真には、金色のトロフィーを掲げている。女性の姿があった。

「女流格闘家のカノ。『最強の女』なんて呼ばれていることで有名な格闘家だ。その写真は魔法なしの格闘大会で優勝した時の写真だ」

 トロフィーを掲げている手元を見ると、筋肉質な腕がわずかに見える。自信がある挑発的な目、格闘家の割に長い二つに結んだ髪、どっしりとした姿勢。写真越しからでも、生物としての強さがうかがえる。

「カノは現在警備会社の広告塔として活躍している。今回の勇者杯ではその後ろ盾の出資で参加が決まったそうだ。俺がその警備会社に1ヶ月の独占取材をお願いしたら快く承諾してくれてな。だから、この1ヶ月は俺がつきっきりで取材することになった」

 ご馳走様。と言うとギルロは財布からお金を取り出して机に置いた。店を出るらしい。慌てて俺も出る準備をした。

「だから今回の勇者杯は、俺がカノ、コリンが大会全体のネタを追うことになった。お前は今回が初めてだから、もちろん俺もフォローしながらの取材になる」

 店の外に出ると、相変わらずの人混みが広がっている。ただ、風通しは良い為店内よりも涼しい。

「てことで、今からカノの顔合わせに行くからお前もついてこい」

「わかりました。僕は何をしたらいいですか?」

「そうだな……。今回は俺がリポーターをする。だから記事用のメモを作っておいてくれ」

「わかりました」

「写真でもわかる通り、カノはツラが良いからファンも多い。本物見ても惚れるんじゃねえぞ?」

「大丈夫ですよ! 仕事ですから」

 僕たちは闘技場の地下。選手の控え室に向かうことになった。

 最強の女カノ。初めて見る人だが、写真からはかなりの闘争心が見えた。今は新聞記者とはいえ、僕も魔法使いの端くれ。会うのが楽しみだ。

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