新人記者コリン 2

 魔法学校で高等教育を受けた後、僕はとある出版社に記者として就職した。働き場所に出版社を選んだのは僕が選んだからではない。単に就職競争で落ちぶれたからである。同じ学校の生徒は我先に官僚や金回りの良い業種の選択をした。僕の学校の生徒は皆そこまで頭が悪くない。先んじで金と権力を確保しておいたほうが後々楽であるということを意識していたのだろう。対して、欲の少ない僕は、みんなから遅れてあまりものの枠に収まったというわけである。

 とはいえ、就職先に不満を持っているわけでもない。給料はしっかり払われるはず(就職して間もない為また支払われてはいない)だし、もともとジャーナリストというものに興味があった。それに、会社から配られた制服のオーバーオールとハンチング帽は結構気に入っている。結構良い職場に出会えたのではなかろうか。

 ……そう考えたのは昨日の話である。出会ってからのギルロの行動を見ると、僕の楽観的思考に陰りが見える。

「おい! お前もちったあ楽しめよ! 当たったら昼飯奢ってやるよ!」

 ギルロの逞しい腕が肩に回ってきて揺さぶられた。

「ギルロ先輩。この試合にいくらかけたんですか?」

「5000エレクだ。俺にとって賭け事は余剰資金でやるもんだから、賭けてもこんくらいだ」

 そういうと、ギルロは応援に熱中してしまった。

 僕たちの前では2人の選手が攻防を繰り広げている。というより、ギルロが賭けた本の男が一方的に責められているように見える。相手の剣の男は自分の力に魔法を上乗せするスタイルのようだ。細かく試合を見てみると、普通ではないスピードで間合いをつめ、空気も切れそうな速さで剣を振るっている。

 対して、全く手を出せないでいるのは本を持った男である。男の大ぶりな剣捌きを苦しそうに避ける場面が多く見られる。振り上げられた剣が身のスレスレを通っている。

「おいおい、お前が選んだやつ、ハズレだったんじゃねえの?」

「いや、当たるなんて一言も言ってませんから! それに、この試合はまだ始まったばかりですよ。まだ本の男は魔法を使ってません。何か解決策があるに違いありません」

 魔法の力は『なんでもあり』なのだ。ここから本の男が2メートルの巨漢になることだって実現可能だ。

 そうこうしているうちに本の男が魔法を使い始めた。男の右手の先、本に向けてエネルギーが込められていくのがわかる。あの本、やはり魔法に使うつもりなのか。

 男は、剣を避けながら魔法がこもった本をちぎり始めた。紙が吹雪のように闘技場に舞う。

「おい、あいつ何してんだ?」

 ギルロが僕に質問してきた。

「多分まだ魔法を使う準備段階なんですよ、何が起こるかは僕にもまだわかりません」

 そう言っているうちもちぎられた紙があたりに散乱する。手元の本の紙がほとんど尽きたころ、紙と共に散乱したエネルギーが変化し出した。

「おいおい、なんか紙切れが動いてねえか?」

 ギルロが言う通り、紙が動いて、形を形成し出した。長細くて、波打つような何かだ。次第にくっきりとしたシルエットを作り、男が一体何を作っていたかはっきりした。

「ありゃ蛇だな。紙でできた蛇だ!」

 ギルロの言う通り、本から10匹近くの蛇が形成された。全ての個体が剣の男を睨んで、明確な敵意を示している。

「まさか一体一体が紙みたいな弱さじゃないよな?」

「いえ、それはないと思いますよ。人の肉くらいだったら貫けるように魔法が込められているはずです」

「なんでもありだなそりゃ。じゃあ、勝負あったな。剣の男もこの量は一気に相手できんだろ」

「いえ、そうとも限りませんよ。『なんでもあり』が魔法ですから。巻き返すための魔法があるかもしれません」

 とはいえ、攻守が変わったのは明らかだった。蛇が剣の男に飛びかかり、剣の男は熱々の鉄板の上にいるように飛びながら逃げ回った。このままでは剣の男が負けるのは時間の問題だ。なにか解決策が……、あるいは、何も持ち合わせていないのだろうか。

 男は避けながら懐に手を入れ始めた。何かこの現状を変える手段があるのだろうか。観客が次の展開に期待する中、男が出したのは一枚の布だった。剣の男は蛇達から距離をとりながら、布で目を隠し始めた。

「こいつやる気あんのか? 目隠しし始めたぞ」

 場内からは落胆の声が響く。巻き返すことはないと判断したのだろう。

 しかし、僕の目には諦めていないことがわかる。剣の男の体内に新たにエネルギーがこもる。間違いない。次の魔法に勝機があるのだ。

 男は目隠しをしたまま蛇に突っ込んだ。

「おいおい、そんなことして勝てるわけ……あれ?さっきより動きが良くねえか?」

 剣の男の動きは明確に変わった。蛇の中を縫うように避けては的確に1匹ずつ対峙することができている。目隠しをすることで動きが良くなる。こんなことができる魔法は多分アレだろう。

「こいつ、後ろに目でもついたような動きしてんな。全ての蛇の動きが見えてるみたいだ」

「それもそのはず、この男たぶん感覚を強化してますね」

「感覚?」

「はい。聴覚や触覚を研ぎ澄ませているんです」

 戦況はみるみる押し戻されていった。1匹ずつ蛇は戦闘不能になっていき、ついには最後の1匹も仕留められてしまった。追加の蛇はない。試合開始の初めに戻ってしまった。

「おいおい! やっぱり負けそうじゃねえか!」

 再び肩を揺らされ視界が荒れる。

「まだ、まだ勝負はついてないですよ! あの本の男の佇まい、さっきから癪なんですよね」

 本の男は試合開始から変わらず冷静な顔つきだ。まるで勝負はついているかのような落ち着き具合だ。それに、紙がなくなった本を未だ大事そうに持っている。何かあるのだろうか。

 剣の男が目隠しを取ると、一直線に突っ込んできた。男は先ほどと違い、正面から受け止める姿勢だ。

 2人がぶつかり合うと、大きな声が聞こえた。

「おお! 止めた!」

 剣を本が受け止めていた。それを見て、僕も簡単の声をあげた。

 蛇になれるのは紙だけではなかった。本の表紙部分から牙が生えて、蛇の頭のように変形していた。蛇が剣に噛み付いて、押しても引いてもびくともしないようになっている。咄嗟に蛇を殴りつけ、口が僅かに開くと、男は間合いをとった。

「どうやら、いよいよ決着らしいな」

 周りの観客もそれを感じているらしく、盛り上がりが最高に達する。

 剣の男は盾を捨てるとゆっくりと走り始め、剣を構える。今度は両手で切りつけるつもりだ。対して本の男も、さらに蛇にエネルギーが込められる。叩きつけられた剣は蛇が受け止めた。

「いけ! おせー!」

 周囲は金をかけた側の応援をする。

 お互いが歯を食いしばりながら押し込んでいく、長い膠着が続いた後。乾いた破裂音が響いた。

 僕が一瞬目を瞑ると、その一瞬で男の剣が折れていた。その折れた剣を目で追う。剣は次第に大きく見える。間違いない、こっちに飛んでくる!

 僕は右手に魔法を込めた。高速で飛んでくる刃先。手で受け止めるしかない。

 僕は右手を伸ばした。ギリギリのところで刃先を掴むと、それは『ギルロの右目のギリギリ』で止まった。

「……へ?」

「セーフ!」

 一拍置いて、刃先が飛んできたことを察した観客が叫び始めた。

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