それは異世界も同じ話

かお湯♨️

新人記者コリン 1

「ちょっと。ちょっと! そこの僕!」

 熱気で蒸すスタジアムを歩いていたところ、僕は話しかけられて立ち止まった。声がした後ろを振り向くと、中年のおじさんが人をかき分けて近寄ってきた。

「ダメじゃないか、未成年が『闘技場』の中に入っちゃ。賭け事は18を超えてからやりな」

 また子供と勘違いされた。場所が場所ということもあって今日で2度目だ。つくづく14で身長が止まった事が悔やまれる。

 僕は肩につけたバッヂを指差して彼に伝えた。

「お気遣いありがとうございます。しかし、私はもう成人してますので」

「おお、こりゃ失礼。勤務中ですかい」

「はい。ということで、失礼します」

 僕は会釈をすると、また人混みを進んだ。

 僕が肩につけたバッヂはこの闘技場が作った関係者専用のものだ。これをつけているということは、運営サイドの人間である証である。ここに来る前に支給されたものだが、子供っぽい見た目の僕はこのバッヂがなければ敷地外に放り出されそうだ。

 持っていた荷物を置いてハンチング帽を被り直す。今日僕がここにやってきたのは配属先の先輩に会うためだ。先輩は確か、ここで先に仕事を始めているらしい。名前は確か、『ギルロ』とか言った名前の人だ。僕よりもずいぶんベテランで、この闘技場に関しては誰よりも詳しいらしい。

 周りから爆発のように歓喜と怒号が飛び交った。ちょうど今の試合が終わったらしい。人をかき分けて歩くのも疲れてきた頃だ。早くギルロ先輩を見つけなければ。



 ギルロ先輩は案外早く見つかった。報道関係者席に向かうと、人混みの中に太い手が見えた。

「おーい。こっちだ新米」

 俺は走ってギルロ先輩の元に向かった。初めて会うが、ずいぶんとベテランなように見える。ペンを耳にかけて、書類を手に持っている姿からは取材への熱心な姿勢が伺える。年は50代前半といったところだろうか、白髪混じりで口周りには髭が残してある。

「初めまして、本日付で闘技場配属になります、コ」

「コリン、だろ? 本部から連絡がもらってる。それよりも、だ。どっちが勝つと思う?」

 ギルロは僕の挨拶を遮るとそう言った。

「はい?」

「だから、次の試合、今立ってる2人のどっちが勝つと思う? あんた、魔法学校の偉いとこ卒業らしいじゃねえか。だったら、どっちが強いかわかるんじゃねえのか」

 ギルロが指差した先には2人の男が立っている。1人は木製の盾と剣を持っている。もう1人は魔法を唱えるための本を持っていた。

 ここは国有数の魔法闘技場。ここに集まった人々は皆賭け事を行うためにやってきているのだ。賭け事は国が管理している機関でしか行えないため、闘技場が開かれた時には毎回大盛況である。もっとも、僕は賭け事に興味がないためこの勢いに乗る事ができないが。

「魔法ってもんは素人にゃ凄さはわかっても強さは測れねーんだよ。肉体みたいに強い奴ほど逞しく見えるってわけでもないしな。で、どっちが強そうに見えるよ」

「そんなの、魔法が使えてもわからないですよ! せめて、使ってるところを見ないと」

「どんな小さなことでもいいんだよ。言ってみな」

 ギルロに促されて、僕は闘技場に立った2人を凝視した。魔法を使っているところを見ないと実力はわからない。そう言ったことは事実だが、実力を測れるのはそこだけじゃない。相手の息遣い、姿勢、眼。様々なものから情報を嗅ぎ取るのも、魔法使いが実力を図るための手段だ。

 ひとしきり2人の選手を見て、僕はギルロに言った。

「2人とも、実力的には大して変わりませんよ。ただ……」

「ただ?」

「ただ、手前側の選手、本を持った選手の方がリラックスしてます。今から戦うはずなのに、なんでこんなに余裕そうなんでしょう」

「よし、わかった! 嬢ちゃん! 俺のも頼むよ!」

 ギルロは紙に何か書き込むと、現金を包んで女性に渡した。

「もしかして、次の試合賭けたんですか?」

「当たり前だろ。なにしにここにいると思ってんだ」

「いや、てっきり僕は早速記事を書くのかと……」

「いやあないない! 本番は明日からだぜ? 今日は賭け事が待ちきれないやつのための前座さ。こんな試合記事にしたところで誰も読まねえよ。お、そんなことよりいよいよ始まるらしいぜ」

 審判の男が登場すると、選手の2人は場内の中心で向かい合った。

 試合開始の鐘が鳴った。周囲からは割れんばかりの声が響いた。


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