空をつかむ

@haih

第1話

空をつかむ。


ずっと外の世界に憧れていたんだ。

だけど世界はずっと荒廃していたんだ。


僕が住むこの地球。


太陽が東からのぼり、西に沈む。

月が地球の周りを公転する。

自明の理。

覆ることのない世界の理。


第三次世界大戦のあと、地球は広範囲にわたり放射能に汚染された。地球のほとんどが壊滅状態の中、生き残った人類は暮らせる場所を求めて集った。さらなる被害を防ぐため、人類は居住可能地域にシェルターを築き、シェルター内で暮らしてきた。

目に見えるこの広がる青空・太陽・月、そして輝くばかりの星々は、すべてドーム上のシェルターの天井に映し出される映像にすぎない。シェルター内では昼には青空が映し出され、夕方には夕暮れ、夜には星空と、かつて人類が目にしてきた空の移ろいを映像化しているのだ。広がる自由な空が、先人たちは恋しかったのだろう。


シェルターで生まれた子供たちはみな、本物の青空を、太陽を、月を、星空を見てみたいという気持ちを持ちながら、いつしか大人になるのだ。


ぼくが暮らすこのシェルター、名前をネオトーキョーという。かつて日本に東京という街があったと歴史の教科書に載っているが、その東京をモチーフにして作られたシェルターであることが名前の由来らしい。ネオトーキョーはエリアシンカスミ、エリアシブヤ、エリアムサシノの3エリアに分かれている。エリアシンカスミは様々な行政機関や企業が集まり、エリアシブヤは商業施設・娯楽が集まる。そしてエリアムサシノは人々が居住するエリアだ。


ネオトーキョーでは、意思決定は全てAIが行う。ネオトーキョーのメインシステムは、オポチュニティマイン5.0といい、このオポチュニティマインの心臓とも言えるAI---名前を"カレン"という---がネオトーキョーの全ての意思決定を担っている。人類は意思決定を放棄し、政治家は今やカレンが下した意思決定を忠実に実行するための指揮命令系統の上位者として存在するにすぎない。


ネオトーキョーでは職業選択の自由がない。かつて人類は憲法により職業選択の自由が保障されていたらしいが、もはやそんなものは化石のような知識にすぎない。歴史の教科書のコラムにすら掲載されないような事象だ。今では、個人の適性に合わせてカレンが適切な職業選択を決定するため、人類はカレンに従わねばはらない、というのが国民の義務として憲法に掲げられている。人類は自分の天職が何か悩んで就職活動をする必要もなくなったし、転職を考える必要もなくなった。


ぼくは、というと、エンジニアとしてシェルターを管理する仕事に就くことが、子供の頃からの夢だった。シェルターの機能に技術的問題が生じた場合には、人類存続の重大な危機となるため、シェルターの外壁は定期的にメンテナンスされる必要がある。エンジニアはシェルターのメンテナンスを担い、必要な場合には、シェルターの外へ調査・修繕に行くこともある。外の世界へ行きたいという気持ちで、ぼくはこの職に就くことを切望していた。


そのため僕は、カレンがぼくをエンジニアに適性があると判断してくれるよう、エンジニアである叔父がどのような適性を持っているのか観察し、研究し、相応しい人格になるよう努力し、必要な勉学に励み、工学部博士課程を修了し、晴れて技術者として総務省技術課---ここがシェルター管理の元締めである---に入省を果たした。


長くなったが、ここからは、ぼくが世界の秘密を知ってしまった話をしよう。

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