少年、秘密主義者


「仙賀さん…流石に呑みすぎですよ」


 カンバラが少し先を行く仙賀に声を掛けた。仙賀は振り返ることもせず、持っていた瓶を掲げると「へーき、っすよん」と言って笑った。


 現在、2人はグリーンプルの本拠地に直接つながるという商店街を目指して歩いていた。名を『緑ヶ丘商店街』。着けば後はその商店街を歩くだけでいい便利なシロモノである。しかし2人はこの地区に対して土地勘が無いため、ほっつき歩いては偶に見つかる看板を頼りに歩いていた。


 いや、商店街に中々着かないのにはもう一つ理由がある。それが仙賀の酔いだ。


「カンバラ君! こっちの道っぽいよ」

「カンバラ君! 今猫がいたよ」

「カンバラ君!」


 テーマパークにでも来たようにはしゃぐ。もちろんカンバラ的には見捨てて単独行動を取ってもいいのだが、彼の甘さがそうはさせなかった。ズルズルと介抱係りとして付いて歩く。


「仙賀さん、せめて水飲みましょう。僕買ってきますから」


 カンバラはそう言うと、返事も待たずに自販機へ走った。ちなみに待ってたとしても返事は無かった。仙賀はすっかり電柱にガンつけるのに夢中だったからである。


「水…」


 財布を開く。ちゃんと小銭も100円以上と未満で分けられたスッキリした財布で、おかげで水を買うのにも手間は掛からなかった。そして100円を取り出そうと財布に指を入れたその時…小銭と一緒に入れている小さな写真が目に入った。


「…」


 カンバラは写真を見えないように裏返すと、買った水を手に、仙賀の所まで戻った。


 仙賀は未だに電柱にガンをつけていた。


「仙賀さん、水です」

「カンバラ君! コイツがよぉ!」

「仙賀さん。それは電柱です。よく見てください」


 カンバラに言われると、仙賀は電柱に目を凝らし、その後すぐに『ハッ』目を見開いた。


「コイツ…前に会ったコトあるような」

「どこにでもある電柱ですからね」


 水のキャップを捻り、仙賀の手に渡す。仙賀は受け取ると、酒瓶に水を注ぎ足そうとした。「ちょっと!」「ウソウソ、ジョーダンだよ」 笑って、大げさなほど仰け反って水を飲んだ。


「はぁ、オアシスだねぇ」

「いつもこんなに吞んでるんですか?」

「ん、ミセシメの時だけだよ。普段はもうちょい多め」

「多めなんですか!?」

「そりゃ…酔いすぎると戦いに支障が出るでしょ」


 仙賀は不思議そうに首を傾げると、またひとつ酒を呑もうとした。カンバラは急いで酒瓶を押さえる。このやり取りは随分と繰り返したものだが、仙賀は一向に酒瓶を手放そうとはしなかった。無理やりふんだくろうにも、カンバラじゃ仙賀には届かない。


「仙賀さんは、どうしてこのミセシメに参加したんですか」


 カンバラが何気なしに聞いた。酒から注目を逸らすという意図もある。仙賀は「あ~」と呻いて空を見上げると「ん~」と鳴らして首を傾げた。


「覚えてない」

「え」

「ウソ。お金だよ」


 仙賀は笑った。彼女からして、カンバラをからかうことは、この乾いた状況下にして唯一のツマミだった。カンバラもカンバラで、彼女のからかいに対して随分とピュアに反応していた。


「世知辛いことだね。こんな危ないコト、私だってしたくないよ」

「そう…ですよね」

「カンバラ君は?」

「?」

「カンバラ君はどうして参加したの?」


 少年の顔が引き吊った。しかし聞けば聞かれるというのはコミュニケーションの道理である。仙賀の問いは何ら不思議なものではなく、仙賀自身もそんなに重くは聞いていなかった。嘘ついたってバレはしないだろう。だが、カンバラはその取り繕いが苦手だった。


「…」


 彼は黙った。

 その態度が仙賀の好奇心をくすぐった。


「おやおや、私に言わせて自分は言わないって?」

「…僕も、お金ですよ」


 詰められて声を出す。しかし目を随分と空を泳ぎ、舌が嘘の味をごまかすように口腔を舐めていた。


「へぇ、奇遇だね~」


 仙賀は目下の少年を観察した。思えば血に慣れていない、さっきの公園での態度も気になる。グリーンプルの殲滅も目的だが、仙賀の中に新たな目的が芽生えつつあった。


「じゃあ、頑張らないとね」

「はい」


 カンバラは頷き、同時に視線を仙賀の目に戻した。仙賀はその目に笑顔で返しながらも、頭ではその化けの皮を剥がそうとする作戦会議に夢中だった。


 二人は、改めて『緑ヶ丘商店街』を目指して歩いた。

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大口を開けて笑い、からからと歩く女 ポロポロ五月雨 @PURUPURUCHAGAMA

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