地獄の妬みが日に届く と 無限刃のスラッシュウィング
「どッ…!!オなってんだコリャあ!!?」
ダムボールは己の太い声を余すことなく、人の居ない乾いた乱立ビル群に響かせた。そして走る走る。腕を振り足を上げる。なぜなら彼の後ろから『グルングルン』3mの棒を持ったフルフェイスヘルメットの狂人が、まるでコマのように回りながら来ていたからだ。
「さぁ!そろそろ疲れたのでは?」
フルフェイスは遠心力を利用して移動しているため、ダムボールを追うのにそこまでスタミナを使っていない。しかし当のダムボール本人はもうヘロヘロ。今にも床に這いつくばって、不健全に青い空を見上げたいほどだ。挙句ダムボールはフルフェイスから一撃貰っているので、体も中々悲鳴を上げている寄りである。
『シロナガス・ステップ』
フルフェイスが回ると、そのさらに周りを大きな質量の流れが叩く。それはまるで巨大なクジラが海中を旋回した時のように。その威力は暴力的で、現在回りながら移動しているフルフェイスの周囲は『ドゴッ!』『ボゴッ!』まるで鉄球で打たれたように崩れ続けている。
「回転…回転を止める方法…あッ!」
体の酸素がグレて二酸化炭素になる。その反抗期の視界で、ダムボールは前方のパーキングエリアに人を見た。ちょうど暇なのか、自販機に小銭を入れようと財布に手をもがいている。
「おーーーーい!!!」
ダムボールは手に『水』の漢字を書くと、下にあったマンホールを殴りつけた。するとマンホールを突き上げるように、下から大きな水柱が昇る!ダムボールはその隙に物陰に姿を隠そうとした。
しかし…『バシャッッ!!』
水柱に、まるで海中トンネルのような穴が開いた!そのトンネルを通ってくるのは、当然フルフェイス!
「無駄なことを」
「いや、案外無駄じゃないかもよ」
上から…小太りの男が急襲!フルフェイスに対して蹴りを放った。そう、コマの弱点は上からの攻撃にある。
「おっ…新手ですか」
フルフェイスは回転を止めると、3m棒で蹴りを防いだ。男は棒を踏み台にし、ダムボールの所まで跳ねっ帰る。
「こんな派手な噴水上げられちゃあね。大丈夫?」
小太りで金髪の男はダムボールに声を掛けた。
「あぁ、ありがとよ。来てくれなきゃ死んでたかもな」
その男は耳にはシルバーのピアス。ズボンはジーパンを張り切ったベルトで留めている。顔にはサングラスをかけているが、恐らく二十歳そこそこの年齢だろう。しかし一番目に付くのは、その逆立つような金色のツンツン髪である。
ダムボールが立ち上がるのを見届けると、男は「フッ」小さく笑って見せた。
「素直に感謝できる人は好きだよ」
「同感ですねぇ。私も感謝は好き」
「奇遇だね」
男はそう言うと、背を伸ばしてファイティングポーズを取った。ダムボールもマジックペンを握り、どんな状況にでも対応できるよう様々な漢字を頭に備える。そんな2人の向かいでは、フルフェイスのヘルメットを被った怪しき男が、3mの棒を薙刀のように持っていた。
そして…ダムボールの上げた水柱が止まり、今まさに開戦の兆しが見えたその時。
3人の背中を、気味の悪い風が舐めた。
「何だ…」
「やぁ、フルフェイス君。そして初めましての御二方」
声の方角は、水柱の明けたフルフェイス後方。アパートのトタン屋根の上。そこに喪服を着た女性がひとり、3人を見下ろすように立っていた。
「おや、ウスラビさん」
見知った顔のようで、フルフェイスが棒を振って挨拶する。
「申し訳ありませんが、今は忙しいのですよ」
「加勢に来たという発想が無いのか? どうやら感謝された過ぎて感謝することを忘れたようだな」
ウスラビと呼ばれた女性は刺々しく言い放つと、口元を袖で隠した。そしてもう片方の手で懐を探ると、A5サイズほどの黒縁の写真立てを取り出す。飾りつけから見て、どうやら遺影らしい。
「下がりなよ。フルフェイス君」
「『シロナガス・ステップ』があれば大丈夫ですよ」
「ふん。それもそうか」
冷気…寒気…温度が下がったとかじゃない。風邪をひいた時のような、内側から霜が降りる感じが辺りを彷徨う。ウスラビはその気が満ちたことを悟ると、遺影を前に掲げてポツリと言った。
「『
…………『ガシャ』『ガシャ…ガシャ』『ガシャガシャガシャ』
「おい…幻覚か?」
「いや、僕にも見えてるよ。出来の悪いパニックホラーみたいだ」
現れたのは…骸骨の大群。紫っぽい煙の影から、現世に遠足かますようにゲラゲラと歩いてくる。その足取りは遅く、だが不気味なほどに真っ黒な眼窩だけが、ダムボールと隣の男を空っぽに見つめている。
「生者を妬むのは死者の嗜み。そう言う作家がいた」
ウスラビが言う。うなだれて、顔は見えない。
「その骸骨達は生きている全てを襲う。妬ましいからだ。お前らも、私も、フルフェイス君もな」
「はは、怖いですねぇ。では退散しましょうか」
フルフェイスは『グルン!』回った。同時に辺りを巨大な見えない質量が旋回し、フルフェイスを襲おうとした骸骨共を粉砕する。
「私は行けますが、貴方はどうでしょうねぇ。多勢に無勢では?」
「はっ!心配アリガトさん」
「あぁ、やっぱり感謝は気持ちがいい」
フルフェイスは満足そうに言うと、そのまま『グルングルングルン』と帰っていった。「私も失礼」ウスラビも言い残し、トタンの向こうに消える。
結果、残ったのは骨の大群と、男が2人。
男2人は、お互いにお互いの死角を見合った。
「オジサン、名前は?」
「ダムボールだ。アンタは?」
若い男は「待ってました」と言わんばかりに『ニヤリ』笑うと、顎を引いて目だけでダムボールを見た。
「僕は『イオナ・ライト』。伝説の羽さ」
「? バンドの名前か?」
「違う! はぁ、何で僕ってバンドマンに間違えられるんだろ」
「や…すまねぇ。見た目的にな。ツンツンだし」
イオナはダムボールの言葉を耳に入れず、不服そうに首を振ると「こういう事」と言って背を丸めた。
すると『ぴょこ』一枚だけ羽が生える。『ぴょこ』『ぴょこ』羽が沢山生えてくる。やがて羽はどんどんと、ヒナの成長するように大きく、翼を形成する!
「『
成長した大翼から落ち葉が舞うように、いや、落ち葉ほど不規則では無い。明確な意思を持って、大翼から羽が無数に骸骨目掛けて飛び散った。
羽は…骸骨を切り裂き、飛ぶ! 骨は乱切りにされたがごとく大きめのブロックとなって、地面にバラバラと崩れた。
「スッゲ…やるじゃねぇか!!」
「でしょ? この街を駆け上がるための。いや、飛び上がるための。伝説の羽さ」
イオナはサングラスを目頭に抑えると、ダムボールの方を見た。
「だけど、全方位に対応できるわけじゃない」
「ハッ!ンなるほどな。いいぜいいぜ、じゃんじゃん頼ってくれッ!」
ダムボールは手の内に『爪』の文字を書く。すると、ダムボールの爪がドンドンと、肉食動物の爪のように強靭に成り上がった。
「しゃア!若い奴には負けらんねぇ」
「いいね。オジサンも死ぬにはまだ早いでしょ」
羽は舞い、その度に骨も舞う。その合間を縫うように、ダムボールは駆けた。
「どリャ!」
ダムボールは威勢よく吠え、自分の魂までも肉食獣のようになりきり戦った。だが…骸骨。それ自体は脆い。問題はその数にある。それはまるで、コップが空になれば速攻で水を注ぎにくるウェイター。あるいは始める前の課題。
すなわち…無限!!
数分間戦い、2人は薄っすらその事実に気付き始めた。
「はァ!なぁコレ…いったん引くべきじゃねぇのか!?」
「一理…ある!」
イオナの背中の羽は、始めこそ大翼と呼んで然るべき立派なものだったが、今ではすっかりペンギンの羽くらいになっていた。ダムボールの手に書かれた『爪』の文字も、若干滲んで薄れてきている。
だが、骸骨群は未だ持ってもって健在。死んでいるのに健在。火葬場帰りたちはどうやら二次会会場を間違えたようだ。『カカカ』笑っている様な関節の響き。開き切った顎をカスタネットのように鳴らす。
「良いか? 『せーの』でアッチに向けて残った全部の羽を撃つんだ。俺も合わせる」
「フッ、伝説に指図するなんて。僕でなければスルー決め込んだっておかしくないね。何せ…」
「『せーの』ッ、『今』!!」
ダムボールは『爪』とは逆の手に『切』の文字を書き、思い切り地面を殴った。この時、猛獣の爪では文字が書きずらい事を知った。
地面がひび割れ!上に居た骸骨達が腰骨を不安定に地面に寄せる!
「へぇ、やるね」
その隙を狙い、イオナは残った少ない羽で的確に骸骨の首を切っていく。あらかた切り終わると同時に、イオナとダムボールは走った。
「今日は走ってばっかだなぁ!」
「良い運動になるんじゃない?」
「止まったら死ぬ運動なんて、カンベンだぜ」
2人は骨やら割れ目やらで山道のように凸凹した道を、細かめの歩幅をもって器用に走って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます