『赤い』を咲かせる技法


 さてさてさてさてこの女。しみったれた雰囲気をボロスニーカーで歩いては、8bitのサングラスでは黒がかった景色を見渡す。今の名をパネル。本当の名は知らぬ。手にはコルトパイソン、6インチ。銃の腕前に自信があるのか?


「あーあ、弾一発で一人殺せれば、6人殺せるんだけどな~」


 どうやら無さそうだ!


 女は…いや、パネルと呼ぼう。

 パネルは現在、グリーンプルの本拠地に向けて真っすぐ歩いていた。しかし彼女にとっての真っすぐなど、他人にとっての大捻り。その道はまるで山を避けて作った高速道路のようにクニャクニャだ。しかし、それが結果として彼女に敵なしの快適な旅路を提供していた。


「このまま楽に終わらしてなぁ。帰ったら焼き肉…いや、飲食店のツケ払いからか」


 パネルはため息をついた。夢と言うのは甘いものだが、目の前にある現実は比べてみてしょっぱすぎる。

 挙句、彼女の甘い夢に誘われたかのように敵がやって来る始末だ。


「お゛?」


 パネルの頭よりも遥かに高い位置から、鬼が顔を出した。


「おっ!オーガだ、すげぇ!!」


 パネルのテンションが思わず上がった。いつの歳になってもデカい物は良いね。Biggest!

 オーガはひん剥いた眼から黒目を下ろすと、彼からすれば精々ピンポン玉くらいの彼女を見た。このピンポン玉というのはパネルの大きさも含めて脆さも表現した秀逸な例えである。


「あ゛ー、まだぃやがっだ」


 オーガは面倒くさそうに頭を掻いた。ここだけの話、彼は結構な人数を殺しており、このミセシメ自体に若干飽きていたのだ。

 しかし、これは危険な兆候であるよ。遊び心のあるオーガなら付け入る隙はあるかもしれないが、ただ機械的に人を殺すオーガなど恐るに足りる存在だ。潰されて終わりのサヨナラである。


「メンドクゼェな゛ぁ」

「おいおいオイ!ダルがってんじゃねぇぞテメェ!巨体、ボケカス、鬼、悪魔!」


 鬼は本当の事である。

 しかし巨体ボケカス悪魔はマズかったようで、オーガは口角を『ピクっ』震わせた。この際鋭い牙がちょっと見えた。


「死゛ね」


 オーガがパネルを踏み殺そうと太い脚を上げた。人間を薄氷じみて砕く足裏。その凶器を見てパネルは「ボスの足裏の方が怖ぇな」と思った。何なら口にも出した。


「ま、一応撃ってみようかな~」


 パネルはコルトパイソンを降ってくる足裏に向けると、『ズォン!』だか『ドン!』だか、発砲音を使って弾を跳ばした。しかし…『ボっ』 パウダー袋に速球投げつけたような音がした後、弾が勢いを失って落ちてくる。


「あらん」


 オーガの恐るべきは皮膚の硬さにある。巨体を支える筋肉が膨張しすぎるのを防ぐためだ。オマケで膨張する筋肉に圧縮されないよう、骨も硬い。ましてその2つが合わさっている踵など、メッチャ硬い。パネルはうっかりそこに弾を当ててしまったのだ。


「あ゛ぁ、ぢょっと痛゛ぇ」


 その言葉とともに、パネルごと地面を踏みならすような大きな足が到着! 台をパンしたときのように、辺りが『ガタッ!』揺れる。結果、コンクリートは割れて、亀裂が道を這った。しかしその亀裂に、パネルの血が流れることは無い。


「よぉ、怖いねぇ」


 パネルは離れたところから、オーガに向けて話しかけた。


「お゛ぉ、怖気て動けんぐなって、潰されるがど思った」

「どんな雑魚死だよ。おれの足は逃げるための足なんスよねぇ」

「あ゛ぁ、じゃあオ゛レの足は殺すための足だ!」


 オーガが走った!一歩一歩が小さきを蹂躙し、容易く生命を奪うプレス機!『ドンッッ!!ドンッッ!!』


「大迫力だな。興行にでもしたら良い線行きそ」


 パネルは勝手に想像して勝手に頬を吊り上げると、ズボンのポケットから新たな銃弾を取り出した。



 ……いや、銃弾じゃないな。似てはいるが、あれは口紅だ。キャップを外したその姿に、艶やかな赤が見える。

 彼女が底をくるくる回すと、赤が上がってきた。


 口紅を、唇に塗る。元の色より少しだけ濃い赤が、彼女の唇に重なった。

 彼女はその唇で、開けておいたシリンダーから銃弾を一つ取り出し、弾先にキスをする。


「リップサービスってな。これ使い方あってる?」


 弾を込めた。撃鉄を下げた。銃口を向けた。

 発射される弾は、さっき彼女がキスをした弾だ。


 彼女は突っ立ていた。目の前から大型の怪物が走って来ているにも関わらず、ある意味でどこ吹く風であった。

 それを見てオーガは「諦め゛たんだろう」と思った。だからこそ彼女が改めて自分に銃口を向けた時、オーガもどこ吹く風であった。


 やがて、『ズォン!』だか『ドン!』だか、銃声がした。


「お゛ッ!」


 激痛!…困惑。

 思わず立ち止まった。もし耐久性に自信のない奴なら、逆にこのまま走ってパネルを蹴り殺していたかもしれない。しかし今までにない痛みに動揺したオーガは、咄嗟にその痛みの正体を探ってしまったのだ。


 そして、胸の穴に手を当てた。


「な゛…ん」


 心臓に穴が…いや穴じゃない。指が入る。凹んでいるのだ。ボーリング玉を落としたトランポリンみたいに、心臓の位置が深く深く凹んでいる。さらに、凹んだその位置が、凹みすぎて背中から出ている。背中の皮膚を突き破り、グロテスクな体の内側色の柱が空に向かって伸びている。


「『亜ブルーム葬あかい』」


 彼女はそう言った。

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