オール亜音速で駆け抜けて ジェット!青雲!!


「ぎゃっ!?」

「ガ…じかよっ…ぢぐしょう」


「すまんな。恨んでくれて構わん」


 男はそう言うと『ピッ!』刀を振って、刀身に付いた血を払った。「あは…」目の前の男が笑う。男の腹からは赤い液体が絶えず溢れ出し、抑える腕も頼りなくゆっくりと下がっていった。


「アンタ…い゛ちいちそんなこと言うのか。バカだなぁ。こんな仕事して」


 男の隣には女が倒れている。しかし既にコト切れているのか、とめどなく広がる血をベットにしてピクリとも動かず眠っていた。「先に逝゛っぢめってやんの」 寄り添うように、男が倒れる。


「なまえは、アンタ」

「イナギタナカという」

「イナギ…タナカ。あは、OK」


 「地獄の一番いい席、予約しといてやるよ」 男はそれっきり、風に吹かれる以外で動かなくなった。イナギタナカは礼をし、刀を鞘にしまい込む。そして倒れた男女の血だまりが自らの足元に広がって来るより先に、その場を後にした。


「疲れたな」


 歩きながら、イナギタナカは呟く。


 剣術は好きだ。動作だけでなく心意気や作法、礼儀。どれもが長い年月をかけて磨かれており、正しく美しい。だからこそ、その剣術の到達地点が『人を殺す』ことなのが、彼にとって苦心するところだった。

 イングリッシュビルでは「特危者を切ったとなれば名も上がる」なんて言っていたが、あんなものはパフォーマンスだ。切って売れる名など、イナギタナカにとっては雑巾より価値が無い。


「休もう、随分と戦った」


 イナギタナカはその辺の塀に腰を下ろすと、珍しく背を少し曲げて俯いた。


 7人。イナギタナカが地区に入ってから切った人間の数である。


『ワタシはストップルです。奇妙なお方ですね』

『我はテイツ・ザバーハ。戦い前に名乗ったのは、久しぶりだな』

『ネジルナ。ヨロシク』

『んぁ、赤四季だ。ンか慣れねぇなこういうの』

『サンドゴッデス…』


 そして、今切った黒リンと白ドン。全員の名前を彼は覚えていた。

 大抵はイナギタナカが最初に名乗りを上げるので、思わず相手も名乗る形になるのだが、最後の黒リンと白ドンだけは奇襲攻撃だったのでタイミングが無かった。名前が分かったのは戦闘中二人が呼びあっていたからである。


「あの3人はまだ生きているだろうか。ダムボールとかいうのはともかく、カンバラと それにパネル…や、パネルは心配ないか」


 地区に入る前、パネルがカンバラの頬をつねったときのことを思い出した。イナギタナカが思うに、あれはカンバラの面の皮を剥がそうとした行動だろう。もちろん物理的にではなく、例えの話だ。


「無事だといいがな」


 目の前の風景を眺めて思った。


 思った後は電柱に貼り付けられたビラの電話番号を無意味に目で追ったり、アパートのベランダを数えた。他にも街路樹の葉を見て俳句を考えたり。耳をすませ、辺りの状況を探ろうとする。

 イナギタナカはこうして敵を待った。自分からは行かず、敵の方から来てもらう。これがイナギタナカにできる微かな抵抗だった。あわよくば来て欲しくないなんて思ったりもした。


『ざっ…ざっ…』


 だが、それでも敵は来る。足の音が右耳から聞こえた。


「…来たか」


 イナギタナカは息を整えた。鞘底を手で撫でて、塀から降りる。そして声の方を振り向き、腹からの威勢を大砲のように弾き飛ばした。これがイナギタナカにとっての今から戦うものに対しての礼儀だ。


「私の名前はイナギ…っ!」


 思わず喉が、発声をくびり止めた。

 足音の主は不思議そうに首を傾けながら「イナギ…?」と言い損ねた名前を拾い上げ、彼の次なる言葉を待った。


「イナギ…タナカという者だ」


 声は出したものの大砲とまでは行かず、さしずめクラッカーほどの大きさで名乗りを終える。足音の主は納得したように首を縦に振った。


「ボクは『イヌメシ・ウズラ』だよ :‑) おじさん」


 そこに居たのは、まだ十分すぎるほど青々しい子供だった。背はギリギリ120cmほどで身も細く、風になびく髪は明瞭に柔らかい。性別さえ『ボク』という一人称だから分かったものの、まだ決まり切らず両天秤にかけているような未熟な顔立ちだった。


「…そうか、ウズラか」


 イナギタナカはその子供を、意図して下の名前で呼んだ。苗字に強烈な嫌悪感を抱いたからである。


 『イヌメシ』とは、『犬飯喰らい』。犬のように飯を食うから や 犬に与えられた飯を横取りして食うから など語源については諸説あるが、どれもが下卑た身分を意味する。要するに畜生の同類か、それ以下を指す言葉だった。


「何歳だ」

「9才だよ :^) にあーニブンノイチ成人」

「何故ここに居る」

「ゴエイだよ :‑) おじさんはミセシメ?」

「あぁ」


 イナギタナカは子供に対して厳しい口調で接した。腹から沸き立つ感情のせいもあるが、何よりもウズラが自分が今どんなところに居るのかさえ分かってないような軽々しい態度だったからだ。その思いも知らず、ウズラはイナギタナカの怒りの感情だけをくみ取ると、自らの頬をつついて慣れた口調で言った。


「ストレス? 黙って殺されるんならエッチしてあげていいよ??」


  頭が真っ白になった。

 その発言がイナギタナカの理想とする子供の世界と、決して相容れない言葉だったからだ。


「おじさん?」


 イナギタナカはやりきれない感情を持て余す。だが戦いに感情は無用だと、昔にそう教わった。振り払うように首を振る。


「や、いい。君は…子供だろう」


 ウズラは丸い目をさらに丸くした。 


「へぇ 男だからじゃなくて 子供だからって理由は初めてかも :‑) 」

「そうか、嫌な環境で育ったな」

「…嫌なんてレベルじゃないよ :‑( 何であんな場所があるんだろう :-) 」

「地獄はあり続けるものだ。誰かにとっての天国であるかぎりな」

「その天国って 大人の世界?」

「…すまん」


 「なんで おじさんが謝るの」 その言葉を最後に、小さな体は弾丸のように発射された。体は色だけを取り残し、全てが横線だけの残像に代わる。


「『オール亜音速・The・ブレイブ』」


 残像から声だけが届いた。弾丸の比喩が嘘じゃなくなるほど加速し、一瞬でも油断すれば直ぐにでも貫かれそうだ。

 そしてここだけの話、最も恐ろしいのがウズラの体感時間である。世界のルールを無視して加速した結果、ウズラにとっては逆にルールに従う物が遅く見える。つまり一瞬でも油断した相手など、ウズラにとっては寝起きのカバに等しい。


「ばぁ ;P 」


 イナギタナカの顔に足の影が落ちた!見てみれば既に、ウズラのかかとが頂き高くスタンバイしている。「サヨナラ」 呟かれた言葉とともに、足は顔の影めがけて死神の鎌のように振り下ろされた。


 だが、イナギタナカの鼻柱が折られることは無かった。鞘から抜かずして、愛刀の『白狼鬼』が受け止めたのだ。


 『白狼鬼ハクロウキ

 かつて美しい白い毛並みを持ったオオカミがいた。オオカミは普段は人間として暮らし、満月の夜にだけ毛先で闇をくすぐるように駆けた。風をはべらせ、鼻は月を嗅いでいる。しかしオオカミは鍛冶屋の娘と恋に落ちた。そして義父に弟子入りし、鍛冶屋として生涯を全うした。そのオオカミの打った一本が、この『白狼鬼』である。


 …まぁ要するに、伝説の大狼を切ったとか、感謝の印に狼が刀に成ったとかじゃない。別に刀自体は普通の刀だ。あと人狼自体もこの街じゃ別に珍しくない。リザードマンとかオーガとかいるし。


 だが、刀とは。持っている人間によってその姿を大きく変える。


 ウズラの高速移動よりも遥かに速く、彼の背を悪寒が走り抜けた。鞘口から零れた金属的な照り。よく手入れされている証拠とも取れるが、ウズラはそうは思わなかった。なぜならその照りが、まるでこれから地に墜ちる自分の生命を反射しているように見えたからだ。


 イナギタナカの…一閃!


「…!」


 水飴の体感時間。その中を泳いできたウズラにとって、これほど速いものを見たことが無かった。恐らく並みの人間になら、何が起こったかさえ悟らせずに上下を分断できるだろう。まさに一閃。無駄にY軸に分散されていない、X軸だけの刃の動き。


 しかし、それでも水飴の中では原付レベル!


 何と! 横断しに来た刀身を『チョン!』柔らかく踏んで、ウズラはイルカのように滑らかにジャンプ。曲芸のようにクルクルと回転しながら、マンションの3階ベランダに着地した!!


「見事。やるなウズラ」


 イナギタナカが褒めると、手すりから小さな頭がツクシのように飛び出た。「へへー バランスには自信あるんだよね ;-) 」 ウズラは今日初めての子供らしさを浮かべ、手すりの上に登った。そして発言通り、バランス良く手すりに仁王立ち。イナギタナカを腕組みして見下ろした。


「おじさんこそやるね =D 」

「小癪な奴だな。大人なんぞ持ち上げんでもいい」

「へぇ まだ子ども扱いするんだ :( 」


 ウズラは少し陰りを見せて、ベランダを行く風に前髪をなびかせた。


「ボク 人殺したことあるんだよ? これでも子供かな :< 」

「私も人は殺している」

「今はね >:[ でも子供の時は? ボクと同じくらいの時は?」


 言葉に詰まった。治安の悪いネオンバルシティとはいえ、小学生くらいの年齢から人を殺す奴など一握りだ。まして『ミセシメ』の場に出てくるなど極少数。イナギタナカも歴は長いが、ウズラは会った中でダントツの最年少だった。


「おじさん ボクのこと『イヌメシ』って呼んでよ :‑) 」

「断る。私はその名前が大嫌いだ」

「へぇ 始まる前に会ったヘルメットの人にもそう言われたや :-] 何でだろう :( 良い名前なのに :‑D 」

「どこがだ! 面白半分で付けられた、くだらん識別札のような名前だろうが!」


 イナギタナカは思わず激高した。こんなこと子供に怒鳴っても意味無いのに。しかも相手は、その『くだらん』名前を付けられた張本人なのに。気付いた時には手遅れで、舌には嫌な言葉を吐いたという後悔の味がした。


「…すまん」

「また謝った =D おじさん 謝るの好きなの?」


 ウズラはカエルのように屈み、手すりを掴んだ。


「怒って疲れたでしょ =) 今がチャンス?」

「あぁ、チャンスだ。来い」


 「わぁ、正直 :D 」 手すりを蹴る音が聞こえる!その音が空間に投げ出された時にはもう、ウズラは小さな体を線状に変えて、辺りを飛び散る火花のように縦横無尽に駆け回っていた。


「『オール亜音速・The・ブレイブ』」


 加速! こうまで速いと逆に、何処を向いてもウズラの残像が映る。が、その映りは一瞬で、残像を目で追おうものなら眼球に潤滑油をサさねばなるまい。


「速いな。人なんぞブチ殺さんでも食っていけるだろう、宅急便とか」

「あはは こっちの方がジキュウ良いんだもーん X‑D おじさんこそ髪切り屋さんとかやったら?」

「刀じゃ無理だ」


 童子はころころ笑った。声は右からも左からも聞こえる。


「こっちだよ :‑) 」「こっちかも :‑D 」「こっちじゃないよ :‑( 」

「からかうな」

「ヒントだよ :D 目じゃ追えないでしょ?」

「耳で追えと? ムチャを言う」

「無理なの? なら死ぬよ」


 刹那と呼んで等しい時間、再びイナギタナカの顔面に影が映った!

 その影の正体は飽きもせず踵。さっきと瓜二つのサマで頂き高く存在し、イナギタナカをグンと見下ろしている。一瞬の出来事とは言え、このまま行けば再放送よろしく鞘で止められるハズだが…


 踵は、本当にさっきのまま落ちてきた!


 一切代わり映えも無く、同義の軌道を描いたシュート。まぁ所詮は子供だし、こんなものか。普通ならそう思って差し支えない。が、ウズラはウズラだ。この歳でミセシメの場に出てくるような、それなりの場をくぐった子だ。


 『バッ!』 イナギタナカは瞬時に、先程と同じく鞘を天に向けて横にした。降ってくる踵を受け止めるため、柄を握る手にも力が入っている。しかし結果として、その入れた力は無駄だった。踵がいつまでも来なかったからだ。


「!」


 踵は、空中で『ピタッ』突然静止した。

 そのトリックは いともたやすく、ウズラは腕でやって来た鞘を掴み、無理やり腕力でブレーキをかけたのだ。だがこれからどうするのか、止めて何になるのか。ウズラの踵がズルズルと上に戻っていく。


 そして…逆上がりのように回転し、鞘を鉄棒代わりとして小さな膝がイナギタナカの顎に迫った!


「お~じッさんっ!」


 イナギタナカは急いで鞘を手放す! 安定性を失った逆上がりは、そのまま地面に落ちるかに思えた。しかし僅かに勢いを残した膝は、変わらず顎に来ている。ウズラは鞘を手放されることを見越して、逆上がる瞬間には既に手を放して飛び上がっていたのだ。


 当たる…が、その時。


「『アズドラマズダ』」


 イナギタナカの体に、紅くほとばしるような牡丹の刺青が浮かび上がった!

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