どうせどんな死に方でも死に切れねぇなら


「あちゃあ、やっちまったなぁ」


 女は隙間の空いたビルへ足を踏み入れた。続いてカンバラとダムボールも何だか気マズそうに入ってくる。自分たちの発言のせいで辞退者が出てしまったのだから、まぁ当然か。

 しかしブチ切れたっておかしくないカウンターに立つ男は、キレるどころかむしろ笑顔で3人を迎えた。


「わ ざ わ ざ 私の手間を省いていただき、ありがとうございます」


 やっぱりちょっと怒っているかもしれない。男はその笑顔を固めたまま、ビル内に残った人の顔を確かめるように見た。


 ビル内には先ほどのごった返しの半分ほど。カンバラの目測が最初80人だったので、換算すれば40人位が残っていた。しかし残っているからと言って 仁王立ちしながら「テコでも動かん!」ではなく、むしろ「これ以上不利な情報出たら帰ろう」と、回れ右の軸足に力が入っている。


「残った皆様は、参加ということでよろしいですね?」


 連中は沈黙した、どうやらまだ疑念があるらしい。なにせ『生け捕りリスト』の顔ぶれが全員『特危者』だったワケで、しかもそれを契約書に書かず ずっと黙っていたのだ。さっきは「私の手間を省いていただき」なんて言っていたが、実際カンバラの発言が無ければ作戦開始してもダンマリだった可能性もある。


「…」


 さて、場が冷え切っているうちに『特危者』について説明しよう。

 特危者とっきしゃとは『特別危険な奴ら』だとか『特記の誤字』だとか『突出しているから突起』だとか、語源についてはイロイロあるものの、一貫して『異常』という文言が付く。しかし異常というならその辺の荒くれ者たちや、それこそ今日集まったミセシメで生計立ててるような奴らもそうなんじゃねぇの?とね。思うだろうが、違うのだ。


 特危者は『一瞬にして、手軽に、大勢の人間を殺せる』。そしてこの三拍子が揃った事件を、既に起こしたことがある。そうして初めて特危者と呼ばれるのだ。


「…」


 ここだけの話、特危者は表向きは捕まれば即刻処刑。一寸の望み無くサヨナラだとされている。しかし実際はその爆発的戦力ゆえに、殺されること無く首輪をつけられ管理されるのだ。そして管理された特危者は金を積めばレンタルすることが出来る。まさに今日ミセシメの場に出てくるとされる4人のように。


「おい、いつまで黙ってんだよ」


 後ろの方から声が上がった。8bitのサングラスをかけて、退屈そうに欠伸をする。シワシワの白シャツを着て、下は黒いズボン。かったるそうに背を後ろに預け、ため息をつく彼女。


「せっかく早起きしたし、午後ヒマだし、おれぁやるぞ」


 隣にいるジャケットの大男が、受け止めるように頷いた。


「どうせこの依頼から逃げたって、次の依頼で死ぬかも分かんねぇしな。どうせ死ぬなら特危にでもハデに殺してもらうぜ」


 2人の言葉に、カウンターの男が深々と頭を下げた。「ありがとうございます」礼節のこもった、良い声だ。


「私もやろう」


 今度は真ん中から声が上がった。イナギタナカだ。


「その御仁の言う通り。今日拾った命といって、明日までもつとは限らない。ならばむしろ拾うより、いっそ蹴り飛ばした方が遠くまで飛ぼう」


 イナギタナカは腰の日本刀に手を添えると「それに、特危者を切ったとなれば、名も上がる」と言った。その言葉に、周囲がザワつく。


「確かにそうだな」「この人数なら、いくら特危者とはいえ」「あぁ、ワンチャンあるぞ」


 するとポップコーンが弾けるように、さっきまで冷ややかだった集団からポンポン手が上がり始めた。手が上がるたびに、男は頭を下げる。


「生け捕りなんだから、切っちゃダメでしょ」 カンバラが呟いた。

「カンバラ君はやらねぇのか?」

「もちろんやりますよ。何なら自分は特危者目当てで来たんですから」


 確かに考えてもみれば 何も知らなかったその他大勢と違い、カンバラはリストの人物が特危者だと知って来ている。


「んだよ、怖いモノ見たさなら肝試しにでも行きな」

「違いますよ! まぁ、色々…色々です」


 カンバラは顔を2人から反らして、カバンの紐を手で握った。「へぇん」女はそれ以上追及せず、テキトーに窓の外を行く車の列を眺めた。

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