ごったがえしキビスかえす!
「俺は『ダムボール』。まぁダムとか、略して呼んでくれたっていい」
「自分は…『カンバラ』です。神さまの原っぱで[[rb:神原 > カンバラ]]」
3人はイングリッシュビルに向かいながら、それぞれ名前だけを明かした。これから一緒に仕事する可能性も考えた、カンバラの提案である。
「おねぇさんは?」
「んー、そうだな。あー『パネル』…だな!」
「おい、ぜってぇ今考えただろ」
女の発言。途中で顔がソーラーパネルに向いたことを、ダムボールは見逃さなかった。
「アンタだけ言わねぇってのは、流石にナシだろ」
「へーんだ。お前らだってホントの名前かどうかワカンネェだろ」
ぺろぺろ舌を揺らす女。ダムボールは明らかに気を悪くして舌打ちした。間をとりなすようにカンバラが入ってくる。
「まぁまぁ、あくまで呼び合えればいいですから。コードネームみたいなことで…ね?」
年下に気を使わせたことに、ダムボールは少し消沈した。「OK、よろしくな。カンバラに…パネル」
しかし、やはり納得できないのか、少しシワの寄った眉間を2人に向ける。
「よろしくお願いします」「いえぇい、ヨロ」カンバラは頭を下げ、女は手を振った。
そうやって歩くうちに、イングリッシュビルに着いた。ガラス張りの立派なビルで、五階建てくらいか? 女は屋上を見上げながら、自分の勤め先ビルとの違いをボヤ~っと数えていった。一方でその間、残りの2人はガラス張りの奥に見える、騒然とした一階の様子に目を丸めていた。
「なんじゃこりぁ」
一階はまるでバーゲンでも始まったかのごとく人が押し寄せ、外にも聞こえるほど『がやがや』火がくすぶるように、会話の切れ端が聞こえてくる。その人波の奥で、おそらく受付カウンターに登ったスーツの男が、精一杯声を張り上げていた。
「こりゃ…一体いくつブッキングだ?」
「80くらい…じゃないですか?」
教室2個分くらいの受付がパンパンなので、確かに良いセンいってそう。
「どうすんだよ、入んのか?」
「…一応定刻まで10分くらいありますから、少し待ってみましょう」
3人は外のガラス窓に背を預けると、中の言葉に耳を傾けた。
中からは「人が多すぎる」や「ココにいるやつら全員金もらえんのか?」など、女たちと同じく何も知らなさそうな声。あるいは「ワナか?」「テストで優秀なのだけ取るんだろ」などの憶測の声。最後にカウンターで声を張り上げる男の声。
「あと、数分!お待ちくださーい!」
狂った蓄音機みたく、何度もその言葉を繰り返している。
「どう思う?」
「知らねぇよ」
「手前にゃ聞いてねぇ、カンバラ君に聞いたんだ」
どうやらダムボールの中では明確に、2人の扱いの差が決まったらしい。カンバラは口を『~』の字にすると、首を傾けた。
「契約書がある以上、それが全てです。少なくとも書類を持ってココにいる人たちには、報酬が支払われるはず」
「え、おれ持ってねぇけど」
「どうして契約書を家に置いてくる気になるんだ。もしかして初仕事か?」
ダムボールの言葉に、女は笑った。「初々しく見えるかよ、おれが」
サングラスを額まで上げ、素の目でダムボールを見上げる。
「…? アンタその」
その時『ぽーーーん、ポーーーン!!』ビルの中から、大きな置き時計の音が響いた。どうやら集合の時間になったらしい。同時に騒々しさも落ち着きを見せ、凪のように静まっていった。
「ん…どうやら、お時間になったようで」
さっきまで大声を張り上げていた男が、一転して石臼を引いたような重い声を出した。
「では、これより。『ミセシメ』の方に移ります」
ここにきて、再び騒がしくなってきた。しかしヒートアップもそこそこに、男が手で制す。
「ターゲットは、契約書にも記されている通り『グリーンプル』。ここを襲撃していただき、跡形も無きよう お願いします」
「グリーンプル…確かに、大きいトコロではありますよね」
ガラスに耳を引っ付けて、カンバラが呟いた。
「あぁ、だがこんな人数で襲撃かけるほどじゃねぇ」
ガラスに耳を引っ付けて、ダムボールが呟いた。
「テメェら2人して耳引っ付けて、スパイごっこか?」
女は自動ドアの間に外の観葉植物を挟み、中の声が鮮明に聞こえてくるよう細工した。
「以上です。質問は」
「!」
男の言葉は、波紋を広げるようにじわじわ…不信として広がっていった。すると、「はい」その泥じみた雰囲気を一刀両断するように、集団の真ん中辺りから、ピンっと手が上がる。
「よろしいか」
落ち着き払った声。その声に沿ったような凛とした和装の出で立ちに、腰にぶら下げているのは日本刀だろうか。背をまっすぐ伸ばし、骨の代わりに定規が通っているかのような男が立っていた。
「イナギ・タナカと言う」
わざわざ一礼し、名乗りを上げる。それからカウンターの男に「どうぞ」と言われて、質問を始めた。
「まず、この人数について聞きたい」
言動も真っすぐに、不信感の急所をズバリ突く。付け加えて「この大人数に、理由はあるのか」と辺りを少し見渡しながら聞いた。
「えぇ、ございます」
男は頷くと「生け捕りの確率を上げるためです」と言った。
この言葉はダムボールと女にはピンとこなかったようだが、唯一カンバラと中の数人のみが納得したように「あぁ」頷いた。
ところがイナギタナカはこの数人に入らなかったらしく「この大人数を集めてまでか」と返した。
「えぇ、この大人数を集めてまでです」
無知をあざ笑うかのように、男は口をしならせる。
さて、イナギタナカ含めて納得できなかったその他大勢。中でもそれなりに賢い奴らは、男の言動に対し不思議ッ面を浮かべた。
なぜならこの街には『ミセシメ』の他に『ユウカイ』という仕事があるからだ。わざわざミセシメで荒らしながら生け捕りなんてせず、『ユウカイ』で標的を攫ってから、残りを『ミセシメ』で更地にしちまえばいい。
言ってしまえば今回の作戦は、畑を耕運機でひっくり返しながら同時進行で植わってるネギを収穫するに等しかった。
「カンバラ君、説明してくれ」
外でダムボールが妙ちくりんな顔をし、カンバラに聞いた。彼が頷いていたのを見ていたらしい。カンバラは「はい」と言うと、女の方にも聞こえるように大きめの声で話した。
「今回の生け捕りリストの連中。全員『ゴエイ』専門の『特危者』です」
「トッキシャ…あぁ!えぇ!?」
「もちろんゴエイ専門なので、ミセシメの場にしか出てきません」
「へぇ面白い」
女は組んでいた腕の片方をほどき、ガラス窓をコンコンやってカンバラの顔を向かせた。
「どうしてそんなこと知ってんだ? 」
「実は…ここだけの話、自分 元役所人でして。特危者の資料には一通り目を通したんです」
「なるほどなぁ! 確かに特危を生きたまま捕まえようなんて酔狂、実行するならこの人数も納得だぜ」
「えぇ、まぁ特危者については秘密色が強いんで、リスト見てピンと来たのはわずかでしょうけどね」
さて、ここまで話したところで女はカンバラの肩を叩き、自動ドアに挟んでいる観葉植物を指さした。中の声が外まで聞こえていたので、きっと外の声も中まで入っていることだろう。
「お、お」
卵にちょっとずつヒビが入るような声。
「オリ…る」
ポツリ。その一言を皮切りに、ビル一階の群衆が外に零れだした。そして最初の一人が自動ドアの観葉植物に躓いて転んだ。
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