揃ってトリオ・ふたり無知


 駅の改札を抜け、タクシー乗り場を通り抜けると暖かな日差しが女を迎えた。走り去っていくバスには、今しがた出勤していくスーツの人々が見える。

 女も昔はスーツを着ていたことがあったが、かたっ苦しくて今ではワイシャツだけをテキトーに着け、ズボンだけがその日の気分で変わる。


 さて『〇×駅』というとこの街では比較的治安の良い場所にある。置き引きはしょっちゆうだが強盗はあんま無いし、通りすがりざま急に殴られることも無い。

 なぜこんなにも治安が良いのか。それはこの町を管轄する組織の存在である。そして女の受け取った依頼は、まさにその組織からの依頼であった。


「あー、あそこドコだっけか…っと」


 女は駅前の地域観光マップを見ながら、行先の場所を思考から薄っすら手繰り寄せた。貰った契約書には一応住所が書いてあったが、そんなもの今までアテにした試しなし。いつだって勘で、行先を当てるのだ。


 そうやって念じていると、まるでワザと気付いてもらいたそうに、男が肩の辺りから顔を突き出し、同じようにマップを眺め始めた。


「おぅ、ねぇちゃん。『イングリッシュ』ってとこ知らねぇか」


 男はフランクな笑顔をとり、肩をすくめた。「俺この街シロウトでよ。土地勘ねぇんだ」


 手入れのされていない口周りの髭、リーゼント半分スポーツ刈り半分な髪型。黒いジャケットを羽織ったデカい男。デカいと言うとさっき転ばせたリザードマンを思い出すが、彼とは違って縮こまることは無く、むしろ反り返って見える。


「イングリッシュだぁ? おいおい、そりゃ今おれが探してるトコロだよ」


 女が返すと「あん?」 男はすくめた肩をそのままに、目を丸くした。そう『イングリッシュ』とは、まさに女の探している行先そのものだった。


 するとその時、後ろから「あの…」まるで幽玄風のような、消え入りそうな声が聞こえた。


「今、イングリッシュって…言いましたよね?」


 豪傑!…の対義語といって過言じゃない。ひょろひょろのモヤシっこ。骨に皮だけ張り付いたようなヒトがそこに立っていた。『ヒト』と表現したのは、そこにいたのが男性か女性か分からないような中性的な人だったから。


「自分も、用があって」

「アンタも?」


 3人はお互いの顔を見やり、しばしの沈黙が流れた。空気を切り裂いたのはデカい男。


「俺は依頼を受けてきたんだ」 そう言ってポケットから紙を取り出す。ぴらぴらと風になびく その紙は、昨日ボスから受け取ったのとまったく同じ紙だった。


「あ、同じ…」


 モヤシっこは首から掛けていたミニバッグをまさぐり、コピられた瓜ふたつの依頼書を取り出した。


「おいおい、マジかよ。じゃあアンタも?」

「あぁ、貰った。家に置いてきたけど」


 女はデカ男から紙を『ピッ』摘まみ取ると、グラサンを上げて紙を睨んだ。


「ダブルどころかトリプルブッキングってか? 何つーか知らねぇけどよ」

「なーんか肩透かしだぜ。俺一人でも十分ヤレんのに」

「うーん…」 モヤシっこは紙をしまうと、改めて2人を見た。


「とりあえず、行ってみましょう。依頼主さんの所へ」

「お! ボウズ場所分かんのかい」

「…え、そりゃッ」


 モヤシっこは袖から出た真っ白な腕をピンと伸ばし、駅前の大きなビルを指さした。


「あれ…ですから」


 残りの2人は顔を見合わせると「あーハイハイ」「やぁー、そうだったそうだった」など思い思いの『知ってた感』を出し、ビルの方向へと歩き出した。

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