後悔、先に絶たす
「ちょっと おねぇさん!起きてくださいよ。駅着きましたよ、エーキ」
「んあ」
肩をグラグラ揺らされて、不機嫌そうに眉をしかめる。グラサン越しにもわかる怪訝な目で、女は目の前の緑の巨漢を見上げた。リザードマンはリュックの紐を命綱のように『ギュッ』握って、負けじと細長い瞳の半分が隠れるくらい眉をしかめた。
「起こしてって言ってたでしょ!」
女はキョロキョロ辺りを見渡す。つり革に優先席の緑。どうやらここは電車内らしい。そして目を移動させるまま、電車ドアの上。電光掲示板を流れる文字を追う。
「あ、あーーー。ありがとさん」
ひょっいっと立ち上がって、リザードマンの肩を叩く。掲示板を流れ行った文字は、まさしく彼女が今日仕事を行うその場所 『〇×駅』だった。そしてあろうことか、女は大家のロクだけでなく、たまたま同行していたリザードマンさえ目覚まし時計に使ってみせたのだ。
リザードマンはやれやれと首を振り、女に続いて電車から降りて行った。
駅のホームはコンクリートの無機質が続き、唯一ワンポイントで自販機がある。普通カラフルなポスターでさえ、薄汚れて駅に取り込まれた姿はまるでシャツのシミ…か? ともかく、朝日を反射する線路が眩しい。鳥も『チュピチュピ』元気。
「てか、しれっと降りてっけど、お前もこの駅なんだな」
『ピーン、ポーン』 駅の音がする。リザードマンはがっくり肩を落とすと「残念ながら」と言った。
「なに? バイト?」
「まぁ…近いですね。これですよ、コレ」
リザードマンはリュックの脇ポケットをまさぐると、綺麗に折りたたまれた紙を取り出した。
「ポストに求人入ってたんで、行ってみようかなって」
「へぇ、殊勝な心掛けじゃないの。ちなみにどんな仕事だ」
「護衛ですね。まぁ多分、警備員みたいなことだと思います」
「……そうかい、へぇへぇへぇ」
2人は階段を登る。と、女が階段の真ん中辺りで「チ・ょ・コ・レ・ぃ・ト」と言って、階段をリズムよく上がって行った。リザードマンは後ろから「懐かしいですね、ソレ」と声を掛ける。
「ジャンケンして階段登るやつですよね。友達とやってましたよ」
「ふーん、ちなみにその友達は元気か?」
「? 別に、元気ですよ。今でもたまに遊んだりしてますし」
話しているうちに、リザードマンは女の近くまで来た。未だにリュックの紐を命綱よろしくしっかり掴み、デカい体を縮こまらせている。一方で女は170cmの体であっけらかんとした態度をとり、手をひらひらさせている。
女は振り返るとリザードマンの体を足で押しのけた。
「え」
手すりなんて掴んでいない。手は役立たずの命綱にあって、リザードマンの体は階段からまっ逆さまに、途方もない浮遊感と冷えゆく肝を抱えて落ちた。そして ゴロゴロゴロゴロ どん 。 転がって、下に。
「帰れ。ここはお前みたいなンが来るところじゃねぇ」
言い残すように、倒れたリザードマンへ言葉を投げる。そして、女は一息つくと手すりを掴んで階段を登って行った。
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