朝っぱらアンラッキールーキー


 ガタンゴトン、朝もふけ、電車に乗るため駅に行く女。ギリ早朝なので、普段ピッカピカのパチンコ屋も暗く沈み、小売店の前には搬入のカゴが山積んである。朝はまだ寝起き。


「あ~、っぱ仕事…受けるんじゃなかった」


 ボヤく。通り過ぎた人が首だけで振り返った。


「メンドくせぇ…」


 もちろん契約書にはボスがサインしていたため、彼女に仕事断る権利など無かったのだが、それでも有り得たかもしれない二度寝を想っては、布団とは大違いの冷め澄んだ空気をあびる。これでおメメしゃっきり!が理想ではあるが、三大欲求の一角は中々手ごわい。


 だが、ここで女は起死回生の策を思いつく。


『そうだ…確か乗り換えの駅までは6駅くらいある。普通に着くまで寝てりゃいいじゃねぇか』


 上記一文だけで、オチが分かる。

 しかしその楽観的な前フリは女の足取りを軽くして、ふわふわと駅まで駅まで運んでくれるはずだ。夢を夢見る彼女足取り。

 隣を原付で人が通った。夜に残されたペットボトルが、室外機の上に立ち尽くす。と、その隣のコンビニから、買ったオニギリをリュックに詰めながら見覚えのある奴が出てきた。


「あ」

「うわ…」


 そこにいたのは、まさに一昨日酒場で乱闘繰り広げたリザードマンだった。

 リザードマンは女の顔を見るやいなや、持っていたリュックを前に抱きしめて、爬虫類族らしい低姿勢でチョロチョロ場から逃げおおせようとする。が、彼女は早歩きでリザードマンの横に付き、ワニのように突き出した顎のナナメ下から彼の顔を見上げた。


「何で逃げるんだ」

「…そりぁ、またボウリョク振るわれたらたまったもんじゃないですから」

「お、言うようになったなテメェ」


 リザードマンが歩く速度を上げる。それに合わせて、女も歩く速度を上げる。


「何で付いてくるんですか!」

「いやぁ、マジで偶然なんだなぁこれが」


 彼女の言う通り、リザードマンの歩く方角は駅の方角と全く一緒だった。しかし歩くスピードを合わせる必要は無いはずだが、これは単なる嫌がらせである。なにせ一昨日はこのリザードマンにノックアウトされて、一応ツケという形で金を払うことになったのだから。


「こんな朝早くからタイヘンだねぇ。出勤?」

「違いますよ!電車です電車」

「へぇ!通りで歩く方角が同じなワケだ。俺も駅に用があんだよ」

「うえ」


 リザードマンは『ツイてねぇ』と心の底から思った。


「へっ、まぁ嫌がんなや。今日の仕事が上手くいけば、おれもチョットの間カツアゲしなくて済むからよ」

「おねぇさん、仕事とかしてたんですね」


 女がリザードマンのケツを蹴り飛ばした。『すぱん!』と軽快な音がする。


「今日は『ミセシメ』の雇われ戦士だがな。あーあメンドくさ」

「『ミセシメ』? 何だか荒っぽいですね」

「…お前、この街来て浅いだろ」


 この日、初めてちゃんと女の方を見たリザードマンの目が、サングラスの向こうにある女の目と合った。


 この街には、他の街とは違った意味で使われる単語がいくつか存在する。その一つが『ミセシメ』 すなわち人を殺すこと。リザードマンの言った「何だか荒っぽい」ってのは決して間違いじゃない。『ミセシメ』の名の通り、相手を殺し、建築物に火を着け、場合によっては死体を吊り下げる。

 と、ここまでは本来の『見せしめ』と何ら変わりないが、この街にはプラスでルールが存在する。


「『事前に告知する』『金品を奪わない』『被害は地区内に留める』だ。3つせしめて『ミせしめ』ってな」


「うーん?何かどれも、特に『金品を奪わない』とか、守る人いないように聞こえるんですけど」

「あー…そりぁなお前。実際奪ってみたら分かるぞ」

「え、何が起こるんですか」

「言わね。ミセシメのこと教えてやっただけでも感謝しなルーキー」


 女はリザードマンの肩をパシッと叩く。と、叩いたその手をそのまま広げた。


「?」

「授業料。さっきオニギリ買ってただろ」


 「…」 リザードマンは渋々リュックを開けて中からオニギリを取り出すと、包装も剝がさないまま急いで己の強靭な食道に放り込んだ。

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