人力目覚ましと社会の歯車
さて8bitサングラスが事務所を飛び出してから翌日、早朝5時半。彼女の受け取った契約書にはキッカリ太字で『朝7時、〇×駅前』と書かれていた。〇×駅というのは最寄駅から乗り換え含めて10駅くらいなので、余裕を持って到着するならまぁそろそろ出てもいい頃合いか。
「………」
起きてない。当然である。
所々ワタの出たソファーに、薄手のブレンケットを被って寝ている。目覚まし時計なんてかけてない、そもそも持ってない。彼女の家には時計が無い。そんなわけでボチボチ町が活気づき、郵便バイクの音が鳴っては空が青を取り戻す中で…彼女は寝ていた。
いやぁしかしね。普段の出勤ならまだしも、契約のある仕事でそれはマズイんじゃねぇのとね。思うところでドアが開いた。
「おい!おいおいおいおいオイ!」
男だ。身長は小さめで160も無さそう。まるで雑木林のように自由奔放な髪と深緑色のジャンパー。手にはフライパンと置時計を持っている。
「オイ!!」
男は家主の許可も得ず、どころか遠慮を感じさせない足取りで部屋に上がり込むと、ボロソファーで寝ていた女の耳元で『コォーーンッ!!コォーーーンッッ!!』フライパンの裏を叩き始めた。置時計で。
「…ウルせぇ」
さしもの女も起床。背もたれを腕で掴んで、やっとこさ体を起こす。点数つけるなら2点くらいの悲惨な目覚めだが、そんな激烈赤点を意にも介さず、男は眠気マナコの女の前に時計を突き出した。
女は癖なのか知らないが、まるで小さな文字を読むとき老眼鏡をかける祖父母のように、わざわざ机のサングラスを取って かけてから見た。
ところで申し訳ない。家に上がり込んできたこの男について、恐らく今後紹介するスキがないため、彼については今から話そう。
彼は女の住むアパートの大家さんであり、名前を 『ロク』 という。趣味は園芸。好きな食べ物はポン菓子。心が広く、この街において外れ値的に善人な男だ。少なくとも人の家に無断で踏み入るような男ではない。
「おい!」
あと語彙が 「おい」 しかない。
「あー、はいはい…ありがとよ」
女はがっくりと肩を落として、被さっていたブランケットを『ぽいっ』とどっかやった。こんなだが意外に部屋が汚れてないのは不思議なところである。
ロクは感謝の言葉を聞いて満足したのか、机の上に菓子パンを一個置いてやって部屋を出て行った。
そう、女はロクを目覚まし時計代わりに使っていた。だがロク的にも女にはしっかり仕事に行ってもらわないと家賃を回収できないので、ギリ仕事の一環と言えなくもないか?いや、騙されるなかれ。
「は~~ぁ。空から金降ってこねぇかな~~」
有史以来、雄大な星の数呟かれてきた言葉。流れ星に届いたのは、三回じゃ飽き足らない。女は背をグーッと伸ばして重々しく立ち上がると、机の上に置かれた菓子パンを取って、そのパッケージを開けた。
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