第66話 UFO破壊

「お母さん。それじゃあ、学校に行ってくるね」

元気な声が響いて、古ぼけた市営住宅から黒い髪の美少女が出てくる。

「いってらっしゃい。気を付けてね」

優しそうな中年女性が、そんな彼女を見送っていた。

少女の名前は闇路ゆみこ。元天使の一人、エンジェルダークネスである。以前の一件で母親の命をシャングリラ王国の者たちに救われた彼女は、天使からすっぱり足を洗い、一人の平凡な少女として幸せな生活を送っていた。

「中学を卒業したら、太郎おじさんの奴隷募集に応じてお母さんと一緒にシャングリラ王国に移住しようかな。水走お姉さまの弟子になって、魔法医を目指すのもいいかも」

まだ身に付いた闇魔法の能力は残っており、患者の痛みを取り除く麻酔効果は医療の分野で有効である。ゆみこは自らの力を他人のために使って、将来医者になるという夢を持っていた。

そんな将来に対する希望あふれる彼女に、高天原の神々の魔の手が迫る。

通学路を歩いている彼女の上空に、いきなり光り輝く円盤が現れた。

「あれは……高天原の奴らの『天の浮舟』。くっ、なんで今更人間に転生した私なんかを捕まえようとするの?もう放っておいてほしいのに」

絶望した目で円盤を見ると、ゆみこは逃れようと走り出すが、もちろん空中に浮く円盤から逃れる術はない。

「きゃぁぁぁぁ」

円盤から放たれた妖しい光に捕らえられ、ゆみこは吸い上げられていくのだった。


円盤にとりこまれたゆみこは、緑色のぬっぺりとした皮膚をもつグレイタイプの生物に拘束される。

「離して!この木偶人形ども!」

必死に力を振り絞って逃れようとするが、その生物たちの力は見た目に反して強く、人間の力では抵抗できなかった。

無理やり腕をつかまれて、円盤内にたてられたカプセルに入れられる。他にも二つのカプセルがあり、そのなかには潮風かおると光明寺さやかが入れられていた。

「ゆみこ。こうなったらあきらめたほうがいい。神々には勝てないよ」

カプセルに入れられてもなおも暴れるゆみこを、かおるが諭す。

「ああ……これで人間としての人生も終りね。せっかく殆ど記憶を失わずに人間に転生できていたのに……次に肉体を持てるのは、いつになることやら」

さやかは床に座り込んで、絶望していた。

「私はあんたたちみたいに、観光気分で転生してきた奴らと違う。二度と高天原に戻らない覚悟で、完全に人間になるつもりで三百年も前に地上に降りてきたの!」

ゆみこが二人を怒鳴りつけた時、グレイの中からひときわ大きな個体がカプセルの前に立った。

「久しぶりだな。闇御津羽神」

「……月読。その名前を呼ばないで。神としての立場など前々前世の時代に捨てた。今の私は闇路ゆみこ。ただの人間!」

ゆみこはプイッと顔を背けて言い放った。

「貴様がどんなに否定しようが、神族の魂を持つことには変わりはない。そもそも、今まで貴様たち地上に逃げた堕天使の存在を許容していたのが間違いだったのだ。大人しく我らとともに現世への完全復活を待てばよかったのに」

「……そんないつになるかもわからないことを、ずっと待っていないといけないなんて耐えられない。それくらいなら、神としての記憶を失うリスクを負っても人間に転生した方がまし」

そんな彼女を、月読は見下した目で見つめた。神々の中にも、何もせずずっと『柱』として存在し続けることに耐えられなかった者は多い。そのような者は、新しく生まれ変わる際に神としての記憶を失ってもいいという覚悟で、高天原を出て人間として転生する。そんな彼らを、『柱』に残った神々は堕天使と見下していた

「愚かな……神を捨て人間に堕落するなど」

「……私は人間に転生して、お母さんから「愛情」という素晴らしい感情を教えられた。過去生の記憶をもったまま転生することにこだわりすぎて、親も子も曖昧になってしまったあんたたちにはわからないだろうけど」

ゆみこは、腕を組んで神々を否定した。

「愛情など、種族維持本能から来る幻想にすぎぬ」

「それを否定したから、私たちの世界は滅亡への道を歩んだ。永遠に生きることにこだわり、子供を産み育てることを忘れてクローン転生を繰り返したせいで、すっかり遺伝子異常を引き起こして本来の肉体から劣化した木偶人形でしか現世で活動できなくなったあなたたちは、生物として終わっている」

今度は逆に、ゆみこがグレイたちの貧弱な肉体を指さしてあざ笑う。それを聞いて、月読たちは激怒した。

「黙れ!この肉体は、所詮現世で活動するときに使用する乗り物にすぎん。我らはいつか、完全な神として名乗るにふさわしい強い肉体を作り出して見せる!」

苦しそうに息をはずませて声を荒げる月読に、ゆみこはすっかり軽蔑しきった視線を向けるのだった。

「もういい。お前たちを「柱」に戻す。やはり地上への転生を許したのは間違いだった」

それを聞いて、ゆみこは嫌悪のあまり顔を歪めた。

「いや。また柱に戻るのなんて嫌。何千年も何もせず、ただ立っているだけなんてうんざり!私は人間として生きていたいの」

「だめだ。不完全とはいえ神だったころの記憶をもつ者を放置しておけぬ」

そう言い捨てて、月読たちは去っていく。

「お母さん……もう会えないの?」

床に座り込んで絶望するゆみこだった。



月読は、円盤の指揮シートに座って命令を下す。

「よし。日本を脱出して高天原へ戻れ」

その命令を受けて、円盤は急角度で上昇していく。あと少しで日本の上空から離脱するというときに、いきなり船体に衝撃が走った。

「なんだ!何が起こった!」

「日本を守る斥力バリアーにぶつかりました!」

モニターを確認した乗組員が叫ぶ。円盤は太郎が張った魔力の壁に囚われ、その影響下から脱出できなくなっていた。

「な、なんとかしろ」

「無理です。バリアーを破れません。このままでは…うわぁぁぁぁ」

次の瞬間、円盤はすさまじい勢いで落下していく。

「反磁力エンジンを最大出力で噴射!」

「だめです。より強い魔力による空間への干渉が行われ、磁力が打ち消されています」

乗組員がそう叫んだ時、円盤内に設置されたモニターが映る。そこには、ニヤニヤと笑みを浮かべた一人の男が映っていた。

「領空侵犯だな。日本を守護する者として、貴様たちを撃墜させてもらう」

その男ー太郎が手を伸ばすと、高引力が発せられ、円盤は地面に向けて引っ張られる

「うわぁぁぁぁぁ」

月読が乗った円盤は、すさまじい勢いで落下していった。


日本には、駅前一等地なのにまだ空き地のままになっている場所がある。 千葉県船橋市「南船橋」駅、東京都港区「高輪ゲートウェイ」駅、足立区「綾瀬」駅の駅前などである。

円盤が墜落したのは、そのうちの一つ、「高輪ゲートウェイ」駅西口である。現在、再開発事業である「品川開発プロジェクト」が計画されているが、それが本格稼働されるまでは何もない空き地として存在していた。

その空き地には、現在大勢の報道陣が詰めかけている。

「ご覧ください。東京のど真ん中にUFOが墜落しました」

テレビカメラには、銀色にキラキラと輝く半ば土に埋もれた円盤が映し出されており、世界中の人がカメラを通じてみていた。

「UFOってホントにあったんだ……」

「もう政府も、隠しきれないだろうな」

見ていた視聴者たちは、一人の例外もなくUFOが実在するという現実を突きつけられてしまう。

そんな中、空中から一人の男が降りてきた。

「誰かが降りてきました。彼は……シャングリラ王国の王、山田太郎様です」

リポーターの声に恐れが混じる。太郎はカメラの前にやってくると、説明を始めた。

「シャングリラ王国と結ばれた安全保障条約により、日本の領空を侵犯した未確認彦物体を撃墜した」

それを聞いた視聴者たちは、改めて太郎の力を実感する。

「UFOまで撃墜するのかよ……」

「非常識にもほどがあるだろ……」

そんな彼らが見守もる中、太郎は恐れげもなく円盤に近付く。

「さあ、出てこい。今までさんざん勿体つけて正体を隠してきたんだ。全人類にお前たちのことを晒してやる」

そういって、側面の扉に手をかけるのだった。

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