第65話 高天原

高天原

漆黒の宇宙に浮かぶ神々の住まいといわれるその場所では、多くの金属でできた柱が立っていた。

「日本が異世界の勇者の手に落ちたそうだな」

中央に建てられた三つの柱の一つが輝き、ギリシャ神話の荒ぶる神のような影像が映し出される。そこから、雄々しい思念波が発せられた。

「どうでもいいわ。所詮は極東の島国。相手をする価値もないじゃない。それより、私たちが転生できる新たな肉体の創生はどうなったの?もう何千年もこの状態で立ち尽くしているんだけど」

柱の一つに優美な金髪女性が浮かび上がり、思念波が放たれる。

「嫌なら、柱から出て人間に転生するがいい。堕天使どものようにな」

「いやよ。転生の時にミスが生じて、記憶のダウンロードができなくなる恐れがあるもの。そうなったら、この先ずっと無力な人間として地上で生きていかなくてはならなくなる。そうなったら、神としては死んだも同然だわ」

雄々しい思念波のからかいに、女性的な思念波は怒りを返してきた。

「その通りだ。我々はなんとしてでもこの世界への完全な移住を果たさなければならん。それも人間に呑み込まれ同化する形ではなく、力と知恵と魔法を備えた完璧な支配者である『神』として復活せねばならんのだ」

中央の柱から中性的な容姿の映像が浮かび、思念波が発せられる。それを聞いて雄々しい思念と女性的な思念もうなずいた。

「だが、最近人間どもは自力でこの星まで来れるようになったわ。『高天原』が発見されるのも時間の問題よ。もしそうなったら……現世に肉体を持たない私たちは、依り代としているこの「神柱」を壊されるかもしれないわ」

女性的な思念に警戒と脅えがまじるのを感じ取って、中性的な思念がなだめる。

「心配いらん。いざというときには、大破滅を引き起こして文明を破壊する用意はできている」

それを聞いて、女性的な思念はほっとする。

「だが、気になるのは我らが力と記憶を覚醒させた『堕天使』たちだな。なぜかおめおめと生き残っているようだが、奴らを放置しておくと、あの『太郎』とかいう者に情報が伝わり、思わぬ被害が及ぶかもしれぬ」

「人間などに何ができる」

中性的な思念の懸念を、雄々しい思念があざ笑う。

「しかし、太郎とかいう異世界から魔法を持ち帰った者が、新たな国を建国しておる。このまま放置しておれば、急激な魔法技術の発展を招くかもしれぬ。そうなれば、我らに対抗できる存在になるかも」

「ツクヨミは心配症だな。なら、堕天使どもが余計な情報をしゃべらないように、高天原に拉致して幽閉でもすればいいんじゃないか」

「そうね」

雄々しい思念と女性的な思念も同意した

「よかろう。堕天使どもを捕えよう」

ツクヨミと呼ばれた柱が輝くと、格納庫から銀色に輝く円盤が発射され、日本に向かうのだった。


東京の郊外の、とある築70年アパート

そこでは、二人の女が食卓を囲んでいた。

「やれやれ……またもやしと食パンの食事なのかい?」

亜麻色の髪をしたやせこけた女が、食パンをかじりながら愚痴を漏らす

「仕方ないでしょ。私たちが失敗しちゃったせいで、実家の稼業まで傾いちゃって、仕送りももらえないんだから」

元は整えられていたであろうボサボサの金髪頭を振りながら、やせ細った体をした女はもやしを食べていた。

太郎に敵対した堕天使、エンジェルオーシャンこと潮風かおると、エンジェルスターこと光明寺さやかである。

彼女たちは太郎に敗北して力を封印された後、日本中の人々から恨まれてしまい、貧しい生活をしていた。

「ああ……モデルの仕事もなくなったし、フェンシングの試合にも出られなくなった。こんなことなら、安易に高天原に協力するんじゃなかった。お腹すいたなぁ」

かおるが、腹をグーと鳴らせながら愚痴をこぼす。

「私だって……女優を首になったし。今じゃ日本中の人々からエセ天使、痛い魔法おばさんとして後ろ指をさされる始末。どうしてこうなっちゃったんだろ」

もやしをシャリシャリとかみしめながら、さやかは涙を流す。二人は人生で初めて経験する「貧乏」によって困窮し、みじめな思いをしていた。

「考えてみれば、高天原に協力したって金もらえるわけじゃなかったのになぁ」

「なんで神とはいえ、今じゃ現世に大した影響を持つわけじゃないあんな奴らに協力しちゃったんだろ。バカみたい」

二人で抱き合って涙を流すが、それで腹が膨れるわけじゃない。

「ねえ。私たちは日本にいたら、みじめな生活のまま一生を送ることになるわ。こうなったら、いっそのことシャングリラ王国に移住しない?」

さやかが提案してくるが、かおるは首を振った。

「無理だよ。太郎の奴に逆らった僕たちを、今更受けいれてもらえるもんか」

「そうよね……」

二人で顔を見合わせて、ため息をつく。

「じゃ、SMホストのバイトにいってくる」

唯一手元に残った、『銀悲鞭』の鞭を手にもって、かおるはアパートからでようとする。

「いってらっしゃい。私も内職の仕事をがんばるわ」

かおるを送り出し、部屋に戻った瞬間、外から「ぎゃぁぁぁぁぁ」という叫び声が聞こえてきた。

「今のはかおるの声?何があったの?」

慌てて出てみると、外には銀色に輝く円盤が浮いていて、かおるが連れ去られようとしている。

「あれは?高天原の『天の浮舟』?なんでこんなところに……」

驚愕するさやかの脳内に、何者かの声が響き渡る。

『……裏切りは許さぬ』

そんな声が響き渡った瞬間、さやかの体が宙に浮かびあがり、円盤の下部に吸い込まれていった。

『あと一人、裏切り者がいるな。捕まえて高天原に連れてこい』

『天の浮舟』は、もう一人の天使の元へ飛んでいくのだった。


復興した防衛省では、太郎から提供された魔法技術を元にした、新たな国内防衛の為の警戒網を構築している。

国内領空に魔力によって張り巡らされた「探知ネット」に反応があり、防衛省に緊張が走った。

「航空機登録されていない飛翔体を検知しました」

その報告と同時に、スクリーンに映像が浮かぶ。ステルス光彩が施され、映像化できない機体だったが、魔力反応を元にAI解析して計算された画像を見て、驚きの声が上がった。

「これは……UFOか?」

そこに映し出されたものは、まさしく俗に言われるUFOと呼ばれる円盤型の未確認飛行物体だった。

「太郎さまに連絡して、魔光玉の発動許可をとれ」

「すでに『許可する』と返信がありました」

太郎の許可が下りたので、日本防衛のために設置された対空魔法兵器を作動させる。

「よし。光魔法発射!」

魔光玉から発射されたレーザーは、確かにUFOに当たったが、銀色に光る機体にはじき返されてしまった。

「くそっ。やはり宇宙人には、我々の技術力はかなわないのか……」

「慌てるな。あれは宇宙人の乗り物なんかじゃない」

そんな声がかけられる。指揮官が振り向くと、シャングリラ王国からのアドバイザーで元異世界管理局の土屋鋼が立っていた。

「宇宙人ではない……とおっしゃられますと?」

「あれは、『神』と言われる異世界からの亡命者たちが使用している乗り物だ」

そういうと、土屋は防衛省に設置されているコンピューターを操作する。

「あれには光魔法という『鉾』は通用しない。だが、空間魔法という「盾」を使えば捕えることができるだろう」

そういって、日本を守る斥力シールドを展開するのだった。


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