第51話 天使破壊

クロノスが張った『時間停止(タイムストップ)』が解除され、三人娘と同級生たちが解放される。

「えっ、太郎さんがいない」

ついさっきまで隣にいた太郎の姿がいきなり消えたので、美香は驚く。

「どこに行っちゃったの?」

「タロウさま!」

文乃とルイーゼも周囲を見渡すが、太郎は見つからない。そんな3人に、クロノスはあざけりの言葉をかけた。

「残念ね。あんたたちが助けた太郎は、私の手で『地獄』に送ってやったわ」

高笑いをしながら、3人を煽る。

「『地獄』って……」

「そうよ。『地獄』とは、あまた存在する三千世界の中でも最悪の世界。あらゆる空間のあらゆる時間から追放された魔物たちが蠢く魔境。これであいつは永久に戻ってこれないわ。あはははははは」

ひとしきり笑った後、クロノスは3人に手を向けて、魔力を集中させる。

「さて、太郎なんかに味方した、あんたたちにもお仕置きしましょうか。そうねぇ。『時間老化(エイジング)』なんてどうかしら。1秒間に1年も老化が進む魔法よ。あっというまにババアになるでしょうね」

クロノスの魔力が高まっていき、赤い光が放たれる

「いやっ、おばあちゃんになるのなんて嫌!」

圧倒的な魔力が3人を包み込もうとした時ー。


「あ、あれ?何が起こったの?」

いきなり魔力が消失して、3人がキョトンとなる。クロノスが放った魔法は、空間に空いた針ほどの大きさの穴に吸い込まれていった。

「えっ?どういうこと?」

魔法を放ったクロノスも、訳がわからないといった顔で首をかしげる。その後ろで、空間に小さな穴があいた。

「キャー―――!」

いきなり背後から赤い光に包まれ、クロノスの体が硬直する。20代中盤だったその姿が、一気に更けて50代後半の体になった。

「こ、これは『時間老化(エイジング)』。ありえない。私以外に時間魔法を放てる者がいるはずが……」

あっという間に中年のおばさんになってしまい、動揺するクロノスの前で、空間がゆっくりと裂けていく。

「な、なに……この圧倒的な魔力は……」

「ふう。やっと戻ってこれたぜ」

空間の裂け目からでてきたのは、30代くらいの中年の男だった。髭も髪も伸び放題で、誰だかよくわからない。

「なによあんた!」

「久しぶりだな、エンジェルクロノス。礼を言うぜ。俺を『地獄』に送り込んでくれて。おかげで限界突破できた。戻ってくるまで五年もかかったけどな」

長い髪をかき上げると、その顔が現れる。その顔は、すこし老けて30代になった太郎のものだった。

圧倒的なレベル差を感じて、クロノスは恐怖する。そのステータスを確認すると、『大魔王レベル999』と表示された。

「バカな……レベル999って何よ。それに大魔王って」

「ふふふ。地獄では思う存分魔物たちを倒してレベルアップできたぜ。地獄神ハデスからは、大魔王の称号ももらって追い出された。いい加減にしてくれってな」

本物の大魔王になってしまった太郎が、苦笑する。その魔力も体力も、今までとは次元が違う桁違いの力がビンビンと伝わってきた。

「あ、あんた……本当に人間なの?」

「さあな。もう自分でもよくわからん」

太郎が軽く腕を振るうと、すさまじい引力波が伝わり、クロノスはその場から跳ね飛ばされる。そのまま一気に成層圏まで押し上げられた。

空気との摩擦熱ですべての羽が燃え尽きて、クロノスの体もボロボロになる。

「か……勝てない。なんなのこの力……勝てるわけがない」

クロノスは、太郎の圧倒的な力に恐怖して、空に浮かぶ月を見上げた。

「ツクヨミ様!お助けください!このまま負けたくはありません!太郎を倒せる力を!」

クロノスが叫び声をあげると、今まで煌々と輝いていた月がいきなり暗くなる。そして、重々しい声が響き渡った。

『そなたが魂をささげるのなら、力をさずげよう』

それを聞いて、クロノスの顔に脅えが走る。

「た、魂を捧げるとは……」

『言葉通り、神々に魂を売って、獣と化すことだ。

月からものすごいスピードで、狼の仮面がついた兜のようなものが落ちてくる。それはクロノスの顔の前でピタリと止まった。

『覚悟を決めたなら、その『月夜の狼兜』をかぶるがいい。ただし、一度かぶると二度と放れず、元の姿には戻れなくなる』』

クロノスは一瞬兜を手にとることを躊躇する。しかし、老いた自分の姿を見て、決心がついた。

(どのみち、こんなおばさんの姿になったら、私の人生はもう終わり。だったら、せめて太郎だけは倒してやる)

クロノスが兜をかぶった瞬間、月からすさまじい魔力が放たれ、彼女の姿を撃った。

「最終形態 魔狼天使(ビーストエンジェル)」

天使の羽を無くした翼が、まがまがしい闇を覆った蝙蝠の翼に変わっていく。それと同時に、その体も数倍に膨らんでいき、全身が剛毛に覆われていく。

「ぐぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!」

巨大な狼と化したクロノスは、月に向かって咆哮をあげるのだった。



「タローにい。さらにおっさんになっちゃったね」

30代のおっさんになってしまった太郎を見て、文乃がからかう。

「いいじゃないですか。今までよりさらに渋さが増して、かっこよくなりましたわ」

美香はそんな太郎を見て、なぜか喜んでいた。

「ほっといてくれ。どうせ俺はおっさんだよ」

からかわれて、太郎はすねる。

「いえ、そのお鬚。王としての威厳にあふれていますわ。帰ったらさっそく戴冠して……」

ルイーゼがそう言いかけたとき、すさまじい咆哮が響き渡り、天から巨大な獣が降りてくる。

「あんただけは……殺してやる」

その獣は、夏美の声でそう告げてきた。

「もしかして……クロノス、いや、夏美なのか?でも、その姿は?」

その姿は、夏美の優美な姿など一かけらも残っていない醜い獣のものだった。蝙蝠の翼が生えた巨大な狼のような姿をしていて、胸の部分だけふくらんでいるのでかろうじてメスだとわかる。

それを見て、ルイーゼが驚愕する。

「タロウ様。あいつはまさか……」

「ああ……あいつも確か女だった。あの時は兜をかぶっていたから顔がわからなかったけど、そうか。そういうことだったのか。奴の正体がわかってしまった」

巨大な狼女を見て、太郎はなぜか納得の表情を浮かべた。

「グアアアアア」

狼女の咆哮が衝撃波となって響く。その波に当てられたビルは、一瞬で消滅していった。

「くっ。『時空跳躍』か。どんな存在も無差別に巻き込んで時空の果てに飛ばして消してしまう強化時間魔法。あれに巻き込まれたら、さすがの俺も消滅してしまうな」

それを聞いて、三人の顔に恐怖が浮かんだ。

「ひっ。タローにぃ。怖い!」

すがりついてくる文乃の頭をなでて、安心させる。

「大丈夫だ。俺に任せろ。地獄で新たに得た力をみせてやろう」

太郎は、夏美の咆哮に合わせるように、空間を捻じ曲げたシールドを張る。

「空間魔法『空間歪曲』」

放たれた時空跳躍魔法が、空間のねじれに従って向きを変え、そのまま狼女を包み込む。夏美は、自分が放った魔法を跳ね返され、その効果を全身で受けとめた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

最大出力で放った魔法をそのまま返されて、どことも知らない時空の果てに流されていくのを実感し、夏美は絶叫する。

「心配するな。お前の行先はもう決まっている。過去の俺と俺の仲間たちが、ちゃんと始末をつけてくれるだろう」

太郎のその言葉とともに、巨大な狼女の姿が消えていくのだった。

そして、時空の果ての異世界に跳ばされる。いきなり現れた巨大な狼女に、その世界の住人はおびえて逃げまどった。

「魔物だ!」

「魔王が現れた!」

誰しもが巨大な狼女を見上げ、おびえている。

(そんな……嫌だ!私はアイドルで天使の時藤夏美よ!誰よりも美しく、愛されていたはず!なんでそんな目で見るの?)

人間たちから恐怖と嫌悪の視線を向けられて、夏美の心が壊れていく。

(こうなったら、この世界の人間を皆殺しにしてやる。どいつもこいつも不幸になればいいわ!)

巨大な狼女は、怒りのままに人間に襲い掛かり、魔物を従えていく。

この世界に『魔王』が現れた瞬間だった。


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