第50話 エンジェルクロノス

太郎は、警視庁地下の牢で、ずっと座り込んだまま今までの人生を反省していた。

「俺が今まで好き放題してきたのが許されたのは、力をもっていたからだ。レベル1まで落ちた俺には、何の価値もない。このまま虚しく死んでいくのがお似合いだ」

太郎の生きてきた人生は、今までずっと弱肉強食の世界だった。強いものが思うがままふるまい、弱いものは蹂躙される。それは学校でも社会に出ても、異世界に行ってもかわらない。

だからこそ、今まで太郎は死に物狂いで強くなろうとし、また弱者に対しては傲慢にふるまってきた。

しかし、レベルⅠまで下げられた今は、自分に価値がなくなってしまったことを実感している。

「それも仕方がないか……できればあいつらのことを守ってやりたかったが……」

こんな暴力を振るうだけの自分に、人生をかけてついてきてくれた者たちの顔が浮かぶ。自分の力がなくなったら、シャングリラ島を守り通すことはできず、テロリストの残党として政府に蹂躙されてしまうかもしれない。

「最後に、奴らの逃げる時間を稼いでみるか。そのためには、せいぜい傲慢に振舞って国民のヘイトを俺に集め、すこしでも長く拷問を耐え抜いてやろう」

そう思って覚悟を決めていると、いきなり監視していた警官たちがいなくなった。

「……どうしたんだ?やけに警官たちが慌てているみたいだけど……」

疑問に思っていると、足音が響いて三人の少女が地下牢に駆け込んできた。

「太郎さん!」

「タローにぃ!」

「タロウさま!」

二度と会えないと思っていた、親しい少女たちがやってくる。彼女たちは牢に入るとを一斉に抱き着いてきた。

「よかった。無事でした」

「タローにぃ。こんなに傷ついて……」

「遅くなって申し訳ありませんでした」

太郎の無事を確認すると、涙を流して喜んでいる。

「お前たち……なぜ俺を助けにきたんだ。今の俺はレベル一の最弱勇者だぞ。自分の思うまま圧倒的な力を振るっていた俺はもういないんだ。こんな俺に、今更なんの価値が」

そこまで行ったとき、なぜか三人にビンタされてしまった。

「タローにぃの馬鹿!そんなの関係ないよ」

「私たちはあなたのせいで人生狂わされたのですわ。責任は最後までとってください」

「国王は強かろうが弱かろうが、皆の中心になって人を導かねばならない立場なのです。今更弱くなったからといって、運命から逃げ出せると思わないことですわ」

三人とも、怒りの目で太郎を見上げてくる。レベル1にまで下げられ力を無くしても、なおも助けにきてくれた彼女たちに、太郎は感謝した。

「そうか……ありがとう」

牢からでた太郎は、歩き出そうとしてよろめいてしまう。

「……どうやら、思った以上に力を無くしてしまったようだな」

「タローにぃ。これを食べて」

文乃がもってきたマナの実を食べて強化する。なんとか歩けるぐらいまでは体力が戻った。

「よし。ならここから早く逃げ出そう」

出口に向かおうとしたとき、前の牢に入れられていた同級生たちが哀願してきた。

「頼む……俺たちも助けてくれ。ここにいたら政府に殺されてしまう」

土下座して頼み込んでくる彼らに、太郎の心が揺れる。かつては確かに彼らに対して怒りを感じていた。憎しみの赴くままに苦しめてやろうと思っていた。

しかし、自分と同じ無力な立場になり、日本社会に居場所がなくなってしまった今の彼らに対しては、哀れみがわいてくる。

土下座して頼み込む同級生を見ていると、太郎はいいことを思いついた。

「そうだな……今更お前たちに復讐しようとは思わないが……もし奴隷として働いて俺たちの国に貢献しようという気があるなら、連れて行ってやるぞ」

「……お願いします」

その言葉にうなずき、牢から解放してやる。そんな太郎に、同級生たちは心から感謝をささげるのだった。


太朗が三人の少女と同級生たちをつれて警視庁を出ると、三匹の竜が出迎えてくれた。

太郎の姿をみるなり嬉しそうに咆哮をあげて近寄ってくるので、同級生たちがおびえる。

「うわぁぁぁぁ。大怪獣だ。踏みつぶされる!」

それを見て、太郎は苦笑する。

「確かに、そのでかさじゃ抱っこもできないな。元にもどってくれ」

太朗の言葉を聞いて、竜たちがどんどん小さくなり、元の子犬程度の大きさにもどった。

「きゅい」「ギョ」「グル」と鳴きながら、太郎に甘えかかる。

「よしよし。お前たちにも面倒をかけてしまったな。帰ったらたっぷり遊んでやるからな」

「きゅい!」竜たちは、嬉しそうに太郎に抱き着くのだった。

「よし。それじゃ皆でシャングリラ島に帰るか」

「待ちなさい!」

太朗が『転位のペンダント」を掲げたとき、鋭い声が投げかける。

空を見上げると、光り輝く翼をまとった赤い髪の天使、エンジェルクロノスが怒りの表情を浮かべて飛んでいたいた。

「あんたの部下にさんざん引っ張りまわされたけど、戻ってきて正解だったわ。『時間停止(ストップ)』」

クロノスから放たれた赤色の光が視界を染めていく。

気が付けば、美香たち三人と同級生たち、竜たちすべての動きが止まっていた。

「これは……?」

「この周囲一帯の時間を止めたわ。動けるのは私とあんただけ。さあ、復讐の始まりよ」

そういって、クロノスは邪悪な笑みを浮かべた。

「……いいだろう。俺とお前の因縁、ここで断ち切らせてもらおう」

太朗は少ない魔力を振りしぼって、亜空間格納庫を開ける。中から真っ黒い鎧兜と『次元剣』を取り出して、クロノスに向けて構えた。

「ふっ。レベル1まで下がってるあんたに、何ができるの?」

「レベルの差は装備と経験で埋める。あの時は闇魔法の弱体化(デバブ)と光魔法のシールド無効化、海魔法の行動阻害がかかっていたので動けなかったが、お前1人だけならなんとかしてみせるさ」

そういって、太郎は抵抗の構えをみせるのだった。


「今度は赤ん坊にまでもどしてやるわ。『時間逆行(タイムロール)』」

クロノスの持つ杖から放たれる赤い光が襲い掛かってくる。太郎は身をひるがえして交わしたが、赤い光は停止している三人の少女にあたってしまった。

「放っておいていいの?あんたの大事な女たちが、赤ちゃんになってしまうわよ」

クロノスはそう言って煽るが、太郎は平然としている。

「すでに『時間停止』にかかっている者に、別の時間魔法が通用するわけないだろ。お前が俺に停止魔法をかけなかったのもそれが理由だ」

異世界での戦いの経験から、冷静にそう判断する太郎に、クロノスは不快そうな顔になった。

「チッ。どこまでもこざかしい男ね」

すでに時間が停止しているこの辺り一帯で、時間魔法が効くのは太郎と自分だけだと見破られ、クロノスは舌打ちする。

「今度はこっちの番だ。空間魔法『ブラックホール』」

太朗の『次元剣』が一閃すると、空間に裂け目が生まれ、クロノスを呑み込んで閉じようとする。

「『時間遅延(タイムスロウ)』」

しかし、クロノスが余裕たっぷりに杖を振ると、裂け目の閉じるスピードがゆっくりになり、悠々と脱出された。

「その装備している鎧や剣の魔力を使って無理やり魔法を発動させたみたいだけど、所詮はレベル1ね。技術はあってもその程度の貧弱な魔力じゃ私には通用しないわよ」

「くっ」

空間魔法が破られて、今度は太郎が唇をかみしめる。

「ほらほら、こっちから行くわよ!『時間促進(タイムクイック)』」

スピードアップの赤い光を身にまとわせると、クロノスは猛然と杖を振るう。今のレベルで受け止めると次元剣が折れると判断した太郎は、最小限の動きで受け流してかわした。

しかし、クロノスの力任せの攻撃を避けきれず、鎧に亀裂が入ってしまう」。

「所詮はレベル1の悲しさね。体力も魔力も圧倒的に不足しているわ」

「くそっ」

技量では太郎が上だが、レベル差による力まかせに振るう剣に圧倒されてしまう。そうやってできた隙を逃さず、クロノスは太郎に魔法を放った。

「『時間拘束(タイムバインド)』」

赤い光でできた縄で縛られ、太郎の動きが止まる。

「何をするつもりだ」

「あんたがあけた空間の裂け目、利用させてもらうわ」

そういうと、クロノスは莫大な魔力を杖にこめて、最大の時間魔法を放った。

「これで終わりよ。二度と戻ってこれない時空の果ての魔境「地獄」へ送り込んでやるわ。「時間跳躍(タイムリプ)」

奔流のような赤い光が放たれ、太郎を押し流していく。その先は、先ほど太郎が開けた空間の裂け目だった。

「うわぁぁぁぁぁ」

太郎は成す術もなく、絶叫をあげながら消えていく。太朗を呑み込んだ空間の裂け目は、ゆっくりと閉じていった。

「やったわ!ついにあの憎い太郎を倒したわ!」

すべてが停止した時間の世界の中で、クロノスは勝利の叫びをあげるのだった。

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