第52話 講和交渉

「消えました……いったいあいつは、どこに行ったのでしょう」

美香は怯えの視線で、周囲を見渡す。

「心配ない。あいつの行先は……シャングリラ世界だ」

「えっ?ルイーゼちゃんの世界?」

文乃が思わずルイーゼの方を見ると、彼女は黙ってうなずいた。

「彼女が魔王クロノスだったのですね……だから私が異世界から「魔王を倒せる運命をもつ者」という条件で勇者を召喚したとき、タロウ様が現れたのですか」

シャングリラ世界にいきなり現れた、怒りのまま世界をほろぼそうとした魔王の正体をしって、ルイーゼは憮然としている。

「ああ。幸い、今のであいつの力はかなり削り取ることができた。あとの始末は過去の俺がしてくれるだろう。それはもう決まっていることだ」

そういうと、疲れたようにふっと息を吐く。

「さあ、帰ろうか。五年間も24時間戦い続けたんで、さすがに疲れた。『転位』」

太朗たちは、シャングリラ島に帰っていくのだった。


シャングリラ島に戻った太郎は、住民たちに温かく迎えられる。

「太郎様。無事でよかったっちゃ」

鬼族のラムネは、太郎の姿を確認するなり笑顔を浮かべて抱き着いてきた。

「無事で本当よかったです」

他にも多くの亜人族の若者たちがいて、誰もが太郎の無事を喜んでいる。

「俺はお前たちを奴隷扱いしたのに……怒ってないのか?」

「あはは。週休二日で残業なし、給料50万ももらえる奴隷なんていないっちゃ。うちたちに居場所を与えてくれた、太郎様にみんな感謝してるっちゃ。これからもよろしくだっちゃ。ご主人様」

そういって、ラムネはバシバシと太郎の背中をたたいた。

亜人族以外にも、今回の太朗救出作戦に協力してくれた士官たちがいて、全員が太郎を笑顔で太郎を迎えている。

「太郎、もっと俺たちを頼ってくれよ。復讐したい気持ちはわかるが、一人でなんでも抱え込んでるんじゃねえよ。」

千儀はそういって、太郎の肩をたたく。

「そうだぞ。いくら君が強いといっても限界はある。私たちのような部下を使いこなすのも、王としての資質だぞ」

土屋は真面目な顔をして、太郎に説教をした。

「太郎さん。新たな移住希望者がいるんだけど……受け入れてもらえないかしら」

水走は、隣にいる若い医者、狭間九朗を紹介する。彼らの事情を聴いて、太郎は快く移住を受けていれた。

「医者かあ。確かにこの島には不足しているかもな。いいだろう。あんたを歓迎する。マナの実を食べれば、魔法が使えるようになるだろう」

「ありがとうございます」

九朗は礼をいってもぺこりと頭を下げた。

「さあ、タローにぃの帰還祝いに、盛大にパーティをやろうよ」

「いいですね。カニ鍋とかマグロ解体ショーとかどうでしょう」

「うふふ。侍女たちと一緒にマナの実から作ったマナーリ酒を提供しますわ」

住人たちは、うれしそうにパーティの準備を始める。彼らの笑顔をみながら、太郎は深く反省していた。

「今回のことは、俺の思い上がりが原因だな。いささか調子に乗り過ぎていたかもしれん。国王失格だな」

すでに国王という、国民の居場所をまもる責任がある立場にもかかわらず、個人的な復讐のために単独行動をして、取り返しがつかない事態になるところだった。

「もう俺は同じ失敗を二度と繰り返さない。これから俺は自分の個人的な復讐には区切りをつけて、純粋に日本征服とシャングリラ王国設立のために邁進しよう」

太郎は今回の事件を通して、国王としての自覚を持つようになるのだった。


国会

岸本首相は、野党議員から激しく責められていた。

「味方である自衛隊や警視庁ごとテロリストを爆破しようだなんて、それが民主主義国の首相がすることですか?」

スクリーンにテロリストたちとの戦闘が映る。大怪獣襲来に警視庁を襲撃されそうになった時に、航空自衛隊が現れて無差別に絨毯爆撃が行われたこと白日の下にされされた。

テレビでもこのことは全国放送されており、各局はこぞって政府を非難している。

「味方ごと爆撃なんて、何考えているんだ!」

「爆撃なんてしたせいで、霞が関一帯は破壊されて廃墟のようになっている。すべて指示をだした首相に責任があるんだ!」

そんな批判が相次ぎ、内閣支持率は5%を切っていた。

「あなたのせいで警察や自衛隊は政府に対する信頼を失いました。どう責任をとるつもりで?」

「えーそのことについては、まことに真摯に受け止めておりまして、今後はさらにいっそう精進することで首相としての責任を果たそうとする所存でございます」

要領を得ない首相の答弁に、野党議員は追及の手を緩めない。

「……今後は、山田太郎に対して交渉を持ち掛けてはいかかでしょうか」

その言葉に、岸本首相は憎しみに顔をゆがめて言い放った。

「交渉など必要ない。奴はテロリストだ!話がつうじない犯罪者など相手にすべきではない」

ヒステリックに言い放つ首相に対して、野党議員は冷静だった。

「話がつうじない。果たしてそうでしょうか?」

「……どういうことかね。山田太郎が今まで起こした無差別破壊行為は全国民が知っている。奴に交渉などと」

喚きたてる首相を制し、野党議員はある資料を提示する。

「ここに山田太郎の今まで起こした破壊発動についてのデータがあります」

アスファルト工場の破壊にはじまり、最終的には防衛省や霞が関一帯のビル破壊までの被害状況がデータとして表示されている。その10兆円にも及ぶ莫大な被害に、議員たちの間からどよめきが沸き起こった。

「ここまでの被害状況とは……」

「これでは、保険会社がすべて倒産してしまうぞ。操業不能となった企業のこれからの損害のことまで考えたら天文学的な被害となる……」

それらの声に、野党議員は同意しながらも、別の視点から見た考察を述べた。

「今まで太郎をはじめといるテロリストは、さまざまな場所で破壊活動をしてきました。しかし、奇妙なことに一人として人を殺していません。それどころか、航空機の爆撃から自衛隊員を守ったという証言もあります」

スクリーンに、怪獣の一匹が航空自衛隊の爆撃に際してバリアーで兵士たちを包んで守る映像が映る。

「さらにいえば、破壊活動も『アーク』を買って彼らに貢いでいた企業の建物には手を出していません」

映像には、東京を襲った怪獣たちはなるべく一般住宅に被害を及ばさないために河川を通って進行しており、途中の破壊活動も対象を選んで攻撃しているといった配慮を感じることができていた。

「それがどうしたというのかね」

「わかりませんか?彼らは人を殺さず、また破壊発動も味方になることを表明した企業に対しては及ぼさないという『理性』があるのですよ」

野党議員は、ここぞとばかりに声を張り上げた。

「相手に理性があるのなら。今こそ和平交渉をすべきです。これ以上の攻撃を受けたら、日本そのものが破滅してしまいます。ただでさえ、今は日本の未来を決めるであろう大事業が控えているのに、これ以上彼らに敵対して国力を浪費するべきではありません」

それに対して、岸本首相は頑なに交渉の拒否を続けた。

「日本政府はテロリストには屈しません。国内にはまだ数十万の人員を誇る自衛隊の実戦部隊が無傷で控えています。日本の総力をあげてテロリスト山田太郎に対抗すれば、きっと奴を倒すことができます。そのためには、国民一人一人の協力が必要です。つきましては、そのための費用を負担していただきたく……現在、消費税の大幅な増加を検討しております」

岸本首相は、眼鏡を光らせて増税の方針を打ち出す。消費税を15パーセントに挙げて、破壊された霞が関の再建とテロリスト掃討のための予算を組むと宣言した。

「そんな!横暴だ!争いをつづけるより和平しろ!」

「黙っていろ。日本がたかがテロリストなどに屈するわけにはいかん。進め一億火の玉だ!」

国会は喧々諤々の議員たちによる言い合いに包まれる。誰もが自分の意見が正しいと思い込み、収拾がつかなくなるのだった。

「まだあいつら懲りないのか」

頑なに交渉を拒否する政府の対応を見て、太郎も腹を決める。

「よし。ならば日本にとどめを刺すような、致命的なテロ事件を起こしてやろう。っと、その前に、本当に日本を支配しているのは、政府ではなく財産や技術をもつ企業群だ。日本の破滅に巻き込まれて奴らまで殺してしまうのはもったいない。だから、テロ事件を起こす前に手を打つべきだな。俺に従う企業は救ってやろう」

そう思った太郎は東亜銀行に赴く。最上階の応接室に案内された太郎は、頭取から必死に頭を下げられた。


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