第40話 弁明
世間では、太郎のテロにより不安に駆られた民衆によるデモが繰り広げられていた。
「『24人の愚か者』を捕まえて裁け!」
「テロリスト山田太郎に突き出せ」
そんな声が広がり、彼らの肩身が狭くなる。
「すまないが、君には会社を辞めてもらうよ。君みたいな社員を雇っていたら、わが社までテロリスト山田太郎の標的になってしまうからね」
「そんな!」
抗議しても聞き入れてもらえず、せっかく勤めていた会社を問答無用で辞めさせられてしまう。
「なんであんたなんか産んだんだろう。あんたみたいな子どもがいるから、近所の人からいろいろ言われてしまうんだよ。もしテロリスト山田太郎がうちの街を襲ってきたら、どう責任とるんだってね。出て行っておくれ」
傷心のあまり家にひきこもっていても、家族から追い出されてしまう。
「あんたなんかに売るものはないよ。さっさと出ていけ」
店で食べ物を買おうとしても、すでに全国に顔が広まっているので相手にされない。
以前は、クラスメイトという集団の同調圧力で、無力な太郎を虐めていた。彼に対してどんなひどい事をしても何の罰も与えられなかったし、むしろキモイ奴を排除する自分たちは正しいとすら思っていたのである。
それが太郎が力を得て日本に反逆すると状況は一変してしまい、無力な彼らはお前のせいで皆が困っているんだと、日本国民全員の同調圧力でいじめられるようになってしまったのである。
「なんで俺はあんな虐めなんてしてたんだろう……俺が悪かった。許してくれ」
日本中から嫌われ排除されるようになったクラスメイトたちは、路上生活をつづけながら虚しく後悔するのだった。
虚しく路上に座り込む彼らの前に、高級車が止まる。降りてきたのは、黒スーツにサングラスの男たちだった。
「元英倫学園3-Aに所属していた者に間違いないな」
「はっ。確認がとれました」
顔写真とホームレスを見比べて、確認をとる。
「なんだよぅ。お前たちも俺をいじめるのかよぅ。もういいさ。会社もクビになって、嫁にも逃げられ、親からも絶縁された。もう俺なんてどうなってもいいんだ」
「ふん。情けないな。だが、太郎をおびき寄せる「餌」としては使えるだろう。つれていけ」
ホームレスになっていた同級生たちは、問答無用で日本政府に連れ去られてしまうのだった。
「どういうことだ?同級生たちが一か所に集まっている」
追跡魔法『呪標(マーキング)』で同級生たちの位置を確認した太郎は困惑する。今まではバラバラに路上やネットカフェに点在していた者たちが、一か所に集まっていた。
「位置は……東京スカイツリーか。そこに集まって何をするつもりなんだろう」
ネットで調べてみると、入院していた時藤夏美がアイドルグループ「高嶺の薔薇」に復帰し、それを記念したイベントが行われるとのことだった。
そのイベントは全国放送され、そこで夏美以外にも新しく参加したメンバーの紹介と、何やら重大な発表があるらしい。
「主催は日本政府か。どうも胡散臭いな……ワナの匂いがする。だけど」
自らの力に自信を持つ太郎は、ニヤリと笑う。
「面白い。何ができるか、見てやろう」
そうつぶやいてスカイツリーに行こうとするが、美香たちに止められた。
「太郎さん。やめたほうがいいよ。スカイツリー周辺は交通規制されて、厳戒態勢が敷かれているみたいよ」
「そうだよタローにぃ。こんな見え透いたワナにわざわざ飛び込んでいかなくても」
「タロウさま。あなたは王ですわ。王は時に慎重な判断を取って、行動を起こさないことも重要なのです」
三人からそう忠告されるが、太郎は引かなかった。
「いや、いつまでもあいつらに関わるのも面倒だ。これを機会に全部すっきり終わらせる」
「なら、私たちもついていって……」
三人がそう提案するも、太郎は却下した。
「同級生への復讐は、異世界国家シャングリラの建国には関係のない俺の個人的な趣味だ。他の者の手を借りる必要はない」
そういうと、太郎は日本に転移していく。残された三人は、不安そうにその後ろ姿を見送るのだった。
スカイツリー展望室
政府によって貸し切られたその場所では、『高嶺の薔薇』による夏美復帰コンサートが行われていた。
ただし観客などは十数人しかおらず、他にいるのはカメラマンとプロディサーのみ。その代わりに地上波を通して全国に放送されており、多くの国民によって視聴されていた。
何曲か歌い終わった後、夏美が出てきてカメラの前にたつ。
「皆さま。私にこのような機会をあたえてくださいまして、本当に感謝しています」
美しく化粧をしてテレビに映る夏美。その姿は、確かにアイドルらしく美しく気高かった。
「その場をもちまして、私たちにかけられている『冤罪』についての真実を明らかにしたいと思います」
突然の夏美の発言に、テレビの前の視聴者たちはざわめいた。
「現在、わが日本は異世界帰りの勇者を名乗るテロリスト山田太郎に蹂躙されています」
テレビに破壊された大日本ホテルや防衛省などの画像が浮かぶ。
「彼のテロリズムを引き起こした原因は、私や同級生たちが行った『偽結婚式』のせいだという噂が広まっています。たしかに、私はそのようなことをいたしました」
ネットでささやかれている「24人の愚か者」が起こした偽結婚式について認める。
「しかし、それには理由があるのです」
涙をながしながら、夏美は理由を話し始めた。
「実は、私は高校生時代に太郎君にずっと付きまとわれていました。高校を卒業してからも、コンサートやイベントに現れ、自分と交際するように迫ってきました。ついには自宅まで押しかけてきて、ノイローゼ寸前にまで追い詰められていたのです」
夏美は涙を流しながら訴える。可憐で気高い美女のそんな姿をみて、国民は同情した。
「英雄さんと結婚を控えていた私は、何度も彼にストーカーをやめてくれとお願いしました。しかし、彼は絶対に認めようとしなかったのです。困った私は同級生たちと相談した結果、一計を案じました」
テレビに、偽結婚式の動画が流れる。
「私と英雄さんの結婚式の予行演習をすることで、私にはちゃんとした恋人がいるということを、勘違いして私をつけまわすストーカーである太郎君に理解してほしかったのです」
画面には、英雄と夏美の幸せそうな笑顔と、それを見て絶望する太郎の映像が流れた。どうみても幸せなカップルと、それをねたむもてない男の構図である。
「……確かに、太郎君を傷つけることになったかもしれのせん。ですが、こうでもしないと諦めてもらえなかったのです……」
夏美の声に嗚咽が混じる。今まで太郎に同情して偽結婚式に憤りを感じていた者たちも、その姿をみて考えを改めた。
「そうだったのか……」
「考えたら当り前だよな。工場勤務の平凡な男と、『高嶺の薔薇』のセンターだぜ。どう考えても住む世界が違うだろう。一方的にストーカーしていたと考えた方が納得できる」
次第に夏美に対する同情と、太郎に対する軽蔑の念が高まってくる。
「その後、太郎君のテロ行為のため、同級生たちは職場を解雇され、家族からも追われ、塗炭の苦しみを味わっています」
カメラは観客席を映す、そこに座っていたのは太郎の同級生たちだった。誰もがやつれ、疲れ切った様子である。それと同時に、番組では同級生たちがどれほど困窮して苦しい想いをしているかというドキュメンタリーが流された。
「それでも私たちだけに復讐するのなら、仕方がないのかもしれません。彼を傷つけたのは事実ですから。しかし、太郎君は復讐に関係ない人まで撒きこみ、大勢の人に迷惑かけています」
観客席からすすり泣きがわきあがる。視聴者たちはあらためて彼らに同情し、行き過ぎた復讐や無関係の人にまで迷惑をかける太郎に憎しみを燃やした。
「あのテロリストをやっつけろ!」
「奴がやっているのは復讐じゃない。ただの逆恨みだ」
そんな声がネットで湧き上がり、その反応を知らさせた夏美はしてやったりといった顔になる。
「しかし、悪が栄えた試しはありません。この世界には、奴のような魔王を倒すために使命をあたえられた者たちが……」
そこまで言った時、ガシャンという音とともに展望台の強化ガラスが割れ、黒い影が飛び込んできた。
「なかなか面白い三文芝居だったな。結構笑えたよ」
そういって鎧兜に黒マントの男、山田太郎が乱入してくるのだった。
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