第41話 変身

太郎の登場に夏美は一瞬ひるんだものの、すぐに気を取なおす。

「出たわね。悪の化身山田太郎。これ以上逆恨みをして悪い事をするのはやめなさい」

指を突き付けて弾劾する。それに対して、太郎は余裕の笑みを浮かべていた。

「はっ。悪よばわりか。俺はお前たちみたいに手間暇かけて屁理屈こねて自分の正当性など主張するつもりはない。第三者にどう思われようが知ったことか」

太郎は全国民が見守るカメラの前で、堂々と開き直った。

「俺はただ、自分の敵に回る者なら、誰であろうが容赦しない。お前たちも覚悟をきめているんだろうな」

ギロリと睨みつけられると、アイドルと同級生たちはおびえた顔になった。

「ま、まってくれ。俺たちは政府に連れてこられただけだ」

「私たちはただイベントをしてただけよ。貴方に敵対するつもりはないわ。お願いだから許して!」

「もう遅い」

太郎は土下座する彼らをみても、眉一つ動かさない。

「さあ、始めようか。この勇者太郎が相手になってやろう」

それと同時に展望台自体が激しく振動をはじめ、ついにはスカイツリーすべての窓ガラスが破壊されて地上に落ちていくのだった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

窓ガラスが割れる音に怯え、ほとんどの『高嶺の薔薇』のアイドルと同級生たちが逃げ出していく。それを太郎は苦笑とともに見送った。

「女たちは捕まえて奴隷にでもしてやろうかと思ったんだけどな。まあいい。俺が権力を握ったら、あんな端女たちなんて抱き放題だ」

アイドルに大して関心をもたない太郎だったが、彼女たちにとっては恐怖の対象である。必死になってエレベータのボタンを押すが、いつまでたっても来なかった。

「な、なら階段で……」

それを見た同級生たちが階段から逃げようとするが、扉はがっちりとロックされていて開かない。

「ま、まさか、閉じ込められた?政府は最初から俺たちを見捨てるつもりだったのか?」

「そんな!私たちまで!」

パニックになるアイドルと同級生たちに、夏美は慰めの声をかけた。

「心配しないで。こいつは私たちが倒すから」

自信たっぷりな夏美に、太郎は向きなおる。

「せっかく来てやったんだ。何か面白い趣向をこらしているんだろうな」

「そうね。こんなのはどうかしら。みんな、いくわよ!」

夏美が指を鳴らすと、残っていた三人のメンバーが夏美の隣にならぷ。彼女たちはこのイベントで高嶺の薔薇の新しいメンバーに加入した者たちだった。

「ふふっ。僕に与えられた力を見て、驚愕するがいい!僕は潮風かおる!君を倒す者」

「正義は絶対に勝つのよ。私は光明寺さやか。憶えておきなさい」

「……闇路ゆみこ。よろしく」

中性的な亜麻色の髪をしたりりしい美女、金髪のゴージャスな美女、黒髪の華奢な美少女が、一斉に光り輝く羽をとりだす。

「エンジェルウィング!クロースアップ!」

夏美を含めた四人の声が合わさり、その姿が光に包まれていく。

「エンジェルクロノス、正義の鉄槌を下すわよ!」

「エンジェルオーシャン、キミのハートにロックオン!」

「エンジェルスター、私の前にひれ伏しなさい」

「……エンジェルダークネス……お母さんのところに早く帰りたい」

テレビの前の視聴者は、光り輝く四人の天使の姿を目の当たりにするのだった。


しーんと静寂に包まれる展望台に、パチパチという拍手が響き渡る。

「面白い。変身魔法少女かぁ。いや、少女という齢じゃねーな。恥ずかしくならないか?」

そう指摘されて、クロノスとオーシャン、スターの顔が一気に赤くなった。

「なんですって!」

「……言われちゃったね。おばさんたち。ギリギリ許されるのは私ぐらいの齢まで」

中学生くらいに見えるタークネスがぼそっとつぶやくので、太郎は腹を抱えて笑った。

「どうやら、一人は羞恥心と常識を持っている奴がいるみたいだな」

「当たり前。いい齢してカメラの前でこんな格好はずかしい。おじさん、あなたも人のことは言えないけど」

タークネスの毒舌に、太郎は苦笑する。

「一応、俺の恰好も珍妙なものだとは自覚しているさ。だけど異世界には現代風ファッションの伝説の防具なんてなかったんでな。勘弁してくれ」

敵を前にしてなごやかな会話を交わす二人に、クロノスが憤慨する。

「無駄話はそれまで。いくわよ。みんな」

「……仕方ない」

クロノスの檄に、タークネスも真剣な顔になって構えるのだった。


「まずは小手調べだな。空間魔法「引力」

太郎が展望台内で腕を振って魔法を放つ。

「うわぁぁぁ」

「助けて!」

不可視の力が部屋内に荒れ狂い、余波を食らった同級生たちが展望台から落ちそうになる。

「……『闇氷霧』」

しかし、エンジェルタークネスの手から放たれた冷たい氷の粒でできた霧が部屋を漂うと、太郎の魔法は打ち消されていった。

「なるほど。お前の力は闇魔法か。俺の空間魔法を弱めることができるみたいだな」

「……そういうこと。大人しく降伏して。できれば誰も傷つけたくない」

ダークネスはそう薦めてくるが、太郎は恐れいらない。

「ならば、勇者の戦闘力を見せてやろう」

太郎は亜空間格納庫から伝説の武器『銀悲鞭』をとりだす。その前に立ちはだかったのは、中性的な顔をしたイケメン天使だった。

「ふっ。不細工な男が鞭など持っても似合わないな。やはり鞭というどこか耽美で淫靡な武器は、僕にこそふさわしい」

気障な立ち居振る舞いで太郎の前に立ったのは、エンジェルオーシャンである。

彼女を見て、太郎は困惑する。

「お前、女か?いや……男?」

「どちらでもいいだろう。いざ勝負!」

オーシャンが手をふると、水色の刺突剣が現れる。一つ振って感触を確かめると、太郎に向かって剣を振るった。

「フォース アタック」

太郎は鞭で剣を弾き飛ばそうとしたが、攻撃はフェイントでかわされてしまった。

「フレッシュ」

矢のように飛び出して、猛然と太郎につきかかる。

「きゃあ!かっこいい!」

見ていた視聴者や高嶺の薔薇のメンバーは、その優美さに歓声をあげる。太朗は剣を、必死にかわしつづけていた。

「ほらほら、どうしたんだい。かわすことしかできないのかい?」

「くっ!」

鞭を振るって反撃に転じようとするが、いつのまにか身体を取り巻いている水色の粘着質な空気の渦に邪魔されてしまう。

放った鞭の一撃が渦に捕らわれ、逆に太郎に巻き付いていく。ギンピ・ギンピの猛毒にさらされ、太郎は激痛のあのあまりうめき声をあげる。

「ぐはっ。なんだこれは」

「『疑似海』。周囲を僕の魔力がこもった海と化すことで、相手の動きを徐々に鈍らせ、動けなくする技さ」

オーシャンは鞭の痛みに顔をゆがめる太郎に、嗜虐的な笑みを向ける。

「くそっ!」

痛みに堪えながら再び振るうが、鞭の動きでは刺突剣の速さに対抗できず、剣の一撃によって叩き落されてしまう。

「この鞭はもらっておこう。後でいろいろと使い道がありそそうだ」

オーシャンは余裕たっぷりに、鞭を拾い上げた。

「せめてもの情けだ。一思いに楽にしてあげよう。『フィニッシュ』」

オーシャンの刺突剣が太郎の喉元にせまる。死に物狂いで張った斥力バリアーによって、その剣先は防がれた。

「ちっ。やっぱりそのバリアーは厄介だな」

「私に任せて。『シャインスター』!」

エンジェルスターの身体からきらめく星が降り注ぎ、太郎の斥力バリアーに激突する。太朗の体を覆っていたバリアーは跡形もなくはじけ飛んだ。


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