第23話 転倒拳

「鬼族の長の息子がてめえごときを相手にしてやるんだ。光栄に思え」

そう威嚇してくる動児を、太郎は押しとどめる。

「まあ、待て。その前にやることがある」

そういうと、太郎はルイーゼの死体に近づき、空間の穴をあけて巨大な白い卵をとりだした。

「何をする気だ?」

「お前にはいろいろ面白い遊びを仕掛けてもらったんでな。今度はこっちの番だ。『フェニックスの卵』」

ルイーゼの死体が卵に吸い込まれていく。次の瞬間、卵が割れて、10歳くらいの金髪の美幼女が生まれた。

「タロウさま。ひどいですわ。私の顔面をぶち貫くなんて」

生まれてきた美幼女は、そういってふくれっ面をした。

「すまんすまん。仮面を一瞬で破壊するにはそれしかなかったんでな」

太郎は着ていた黒マントをかぶせながら、女児に謝罪した。

「新しい体に転生させたけど、具合はどうだ?」

「絶好調ですわ。むしろ前の体より動けそうです」

首をコキコキ振って、体の調子を確かめる。

「ここは私にやらせてください。私を召喚して道具にしたことを後悔させてやりますわ」

そういうと、転生したルイーゼは動児に相対した。


「おいおい、お前みたいな嬢ちゃんが俺と戦うって?バカにしてんのか?餓鬼になにができる。魔力もほとんど尽きているみたいだしな」」

10才くらいの女児に挑戦されて、動児の顔が怒りにそまった

「お前、ルイーゼを舐めすぎだぜ。仮にも魔王と戦った女なんだぞ。ルイーゼは確かにお姫様で聖女だが、実はもう一つの面があるんだ」

そういうと、太郎は亜空間格納庫からナックルをとりだしてルイーゼに渡した。

「ほら。お前の武器『ライトニングナックル』だ」

「ああ、やっと返していただけましたわ」

ルイーゼはナックルを嵌めると、シュシュとシャドーボクシングをする。ナックルからは稲光が発せられていた。

「武闘家聖女ルイーゼ。いかせていただきます」

そう宣言すると、ルイーゼは恐れ気もなく動児に戦いを挑んでいった。

「なめんじゃねえ!」

二メートルはある金棒を振りかざし、ルイーゼに襲い掛かる動児。その金棒がルイーゼの頭を捕らえたと思った瞬間、動児の体は制御を失い、回転しながら宙に投げ出されていた。

「へっ?」

ズザッという音と共に、動児は地面に叩きつけられる。

「あらあら、威張っている割に無様ですわね」

ルイーゼは動児を見下ろし、高笑いをした。

「この餓鬼!」

頭に血が昇った動児は立ち上がると同時にルイーゼに襲い掛かるが、次の瞬間またしてもバランスを崩して投げ飛ばされ、回転しながら地面に叩きつけられる。

何度も立ち上がっては投げ飛ばされるのが繰り返され、動児は荒い息をつく。

「もうお終いですか?」

「てめえ……俺に何をした」

息も絶え絶えの動児の前で、ルイーゼは自慢した。

「別に何も。あなたが金棒をふるのにあわせて、体の反対側をちょっと押しただけですわ。これが我が奥義『転倒拳』です」

人間の体は、常に押す力と引く力でバランスがとられてする。歩く動作一つとっても、足を出す方の半面がおしだされ、残りの半面は逆に引き戻されている。

ルイーゼの拳はその原理を利用し、相手から攻撃された際にカウンターで引き戻される反面に攻撃を加えることで、相手のバランスを崩すというものだった。

「あきらめるんだな。こいつにいくら攻撃を加えたって、カウンターを食らって自滅するだけだ。俺ですら近接戦闘じゃかなわない。おそらく、一対一の戦闘なら無双だろうな」

「あら、褒めていただけてありがとうございます」

ルイージは太郎ににっこりと笑いかける。

「あんまり褒めてないんだが……勇者や戦士より格闘が強いお姫様って反則だよな。戦士のロナードなんて「姫様に負けた…」って落ち込んでいたんだぜ」

「その代わり、集団で囲まれて一気に襲い掛かられると手も足もでなくなるんですけどね。魔族の軍勢と戦うときには、足手まといになって申し訳ありませんでした」

戦闘中にも関わらず、無視して昔話に花を咲かせる二人に、動児はついに切れてしまった。

「てめえら、俺を無視してんじゃねえ。こうなったら……」

動児は胸元から何かをとりだして、一息に丸呑みする。

次の瞬間、動児の体が膨らんでいき、ついには身長10メートルの巨大な鬼になった。


「うわぁぁぁ。化け物!」

巨大化した動児を見て、同族である鬼族からも恐怖の叫び声をあげる。動児は気にする様子もなく、足を踏み鳴らして威嚇した。

「この体重差があれば、てめえの妙な技も通じねえ。捕まえて丸呑みにしてやる」

そう告げる巨大鬼に対して、太郎は静かに問いかける。

「お前は人間と魔物の違いがわかるか?」

「何の話だ」

血走った目でにらみつけてくる動児の目を、太郎は恐れげもなく見返した。

「簡単なことさ。人間を見て、餌だと認識するかどうかさ。お前、人間を食っているだろう。さっき呑み込んだものは、人間の心臓だった」

太郎の言葉が闘技場に響き渡ると、観客の鬼たちからもありえないという目が向けられた。

「信じられねえ。普通、人間を食うか?」

「暴力で脅しつけて支配するとか、騙して金を搾取するとかならともかく……それはやっちゃいけねえだろ」

ドン引きしている仲間の鬼たちを、動児は怒鳴りつけた。

「うるせえ。鬼が人間を食って、何が悪い」

「そう思っているのは、鬼族の中でもお前だけだ」

太郎は静かな声で、諭す。

「お前の仲間の鬼たちは、人間を食物だと認識していない。つまり、鬼の姿をしていても、その意識は既に人間だ。だけどお前は違う。お前の体からは、食われた人間の恨みの念が染みついている」

動児の体からは、黒いオーラが発せられている。そのオーラは、食われた人間の無念の魂から発せられるものだった。

「その通りさ。俺たちは異世界からこの世界からやってきた鬼族とはいえ、それは遠い過去の話だ。時代が下るにつれて人間との混血も進み、鬼の遺伝子も薄らいでいる」

動児は自嘲気味に語り続ける。

「だが、俺はこのまま人間に呑み込まれて鬼としての力を失っていく一族が耐えられなかった。だから人間を食って鬼としての力と尊厳を取り戻したのさ」

そういうと、完全な鬼と化した動児は咆哮を発した。

「いずれ俺は裏から日本を支配し、思うまま人間を誘拐して食いまくってやる。俺の代で、鬼族は人間の捕食者としての立場を取り戻すのさ」

鬼として覚醒した動児は、己の欲望を満たすために日本征服を宣言するのだった。

それに対して、太郎は冷静に告げる。

「俺は今まで復讐はしても、なるべく人間の命までは奪わないようにしていた」

亜空間格納庫から真っ黒い剣『次元剣』をとりだす。

「だけど、お前はもはや人間ではなく魔物だ。勇者パーティは魔物を倒すことにためらいはない。ルイーゼ!いくぞ!」

「はい!勇者様」

太郎とルイーゼは、勇者パーティとして魔物を倒すべく、武器を構えるのだった。

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