第20話 聖女ルイーゼ

「いい気になるなよ。そいつは小手調べだ。本番はこれからだ」

動児は憎々し気に告げる。

「では、次の勝負だ。残り全員でいけ!」

それを聞いて、会場からブーイングが巻き起こった。

「おい、ルール勝手に変えんじゃねえ。賭けが成立しなくなるだろうが」

そう罵声をかげられても、動児は平然としている。

「うるせえ。このコロシアムじゃ俺がルールだ」

「いいだろう。かかってこい」

動児の命令により、八人の鬼族が闘技場に現れる。彼らは金棒や鉄球で武装していた。

「いけ!ぶっ殺してもかまわん。死体が残ればそれでいい」

八人の屈強な鬼たちが、太郎を取り巻く。

太郎は斥力シールドを張りながら、冷静に戦いのことを考えていた。

(引力魔法は、一度に一方向しか放てないという弱点がある。相手を倒すためにシールドを解いて魔法を放つと、死角から攻撃されてしまう可能性があるな……)

今までの魔族との闘いの経験から、接近戦での多人数との乱戦の場合は魔法が役立たずになると判断する。

「やれやれ。こうなったら魔法抜きで戦うしかないか。なら、勇者の戦闘力をみせてやろう。さすがに素手じゃ無理だから、俺も伝説の武器を使わせてもらうぞ」

そういうと、空間に穴をあけて亜空間格納庫から一本の鞭をとりだす。それは天井のヒカリゴケの光を反射して、銀色に鈍く輝いていた。

「なんだそりゃ。鞭で俺たちにかなうと思ってんのか!」

一人の鬼が金棒で襲い掛かってくる。太郎はそれを最小限の動きでかわすと、カウンターで鞭を振るった。

銀色の鞭が蛇のようりうなり、鬼のたくましい体をうつ。

「その程度で……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

鞭が触れた場所に激痛が走り、その鬼は地面を転げまわって悶絶した。

「バカな!あんな細い鞭で打たれた程度で!」

戦慄する鬼たちに向かって、太郎は挑発する。

「これは伝説の武器のひとつ『銀悲鞭』だ。触れるだけで激痛をもたらす毒に侵される。お前たちみたいな体力だけのウホウホゴリラじゃ対抗できないだろうよ」

オーストラリアに自生している最強の毒をもつ植物『ギンピ・ギンピ』は、その葉の表面に無数の尖端を持つ毛が生えており、皮膚を突き刺し神経毒を流し込む。この刺毛は忌まわしい程の苦痛を与え、なんと二年間もその苦痛が続くのである。これに刺された者の中には、絶え間なく続く苦痛により自殺してしまった者もいるほどである。太郎の『銀悲鞭』は、それと全く同じ構造をもっていた。

「なめるな!」

さまざまな武器を構えた鬼たちが全方向から殺到するも、太郎は軽く鞭を一閃させる。次々に鞭で打たれて、屈強な鬼たちは地面に倒れ伏した。

「別に人間が反撃しちゃいけないってルールはなかったよな。俺の勝ちでいいか?」

苦痛のあまり立ち上がれない鬼たちを見降ろして、太郎は告げる。

「まだだ!最後の一人が残っているぞ」

動児の命令により、、闘技場の扉が開いて般若の面を付けた白いドレスの女が入ってきた。


その女の体は、薄い光に包まれており、キラキラと輝く杖を持っている。

女が杖をかげると、そこから放たれたレーザーのような光が太郎を襲う。それはやすやすと太郎の斥力バリアーを貫き、太郎の頬をかすめた。

「この光魔法は……もしかしてお前は……ルイーゼか?」

戦の中で身に着けた勘でレーザーをかわした太郎は、覚えがある魔力を感じ取って動揺する。

「そいつは、異世界から召喚したてめえを掣肘できる力をもつ存在だ。てめえの魔法も効かねえぜ」

動児の高笑いが闘技場に響く。彼の言う通り、異世界シャングリラにおいて聖女ルイーゼは勇者に唯一対抗できる力をもった存在だった。

般若の面を付けたルイーゼは、光魔法を乱射して、太郎を追い詰める。薙ぎ払うように放たれたレーザーが太郎をおそい、太郎は地面を転がってかわす。かわされたレーザーは闘技場の壁を綺麗に切断し、観客は悲鳴を上げた。

「ルイーゼ、なぜ俺を襲う。操られているのか?」

「そうさ。その「般若の面」を付けたものは,意思を奪われ命令に従わざるをえなくなる。さらに付けた者の力を大幅に増大させ、死ぬまで戦い続けるんだ」

その言葉どおり、ルイーゼは威力も効率も無視して最大限の魔力で全方向に向けてレーザーを乱射している。太郎は死に者狂いでかわしていたが、このままではスタミナ切れでかわし切れなくなりそうだった。

「くっ。ルイーゼ、痛いだろうが許せ」

レーザーが放たれた瞬間、かわしながら接近して鞭を打ち込むが、ルイーゼは倒れない。

「無駄だ。凶戦士は痛みを感じない」

その言葉どおり、ルイーゼは痛みなど感じてないようにレーザーを撃ち続けていた。

「なら、引力魔法で仮面をはがして……」

再び接近して仮面に力を振るうが、どんなに力をこめても剥がれない。

「残念だったな。その面は装着者が死ぬまで絶対に剥がれないのさ。さあ、困ったな。そいつはお前の女なんだろ?自分を愛してくれる者を殺せるのかな?勇者様」

「くっ……」

太郎の顔が苦悩にゆがむ。

しかし、次の瞬間、太郎の表情が邪悪なものに変わった。

「なんて、俺が躊躇すると思ったか?残念だったな。俺に人質は通用しない。まあ、ルイーゼが万全な状態なら打つ手はなかったんだがな」

太郎は拳に魔力を纏わせると、仮面めがけて思いっきり振り抜いた。

「許せ。ルイーゼ」

勇者の拳が容赦なく振るわれる。数十トンの衝撃を受け、ルイージの顔面は仮面ごと砕け、その拳は後頭部まで貫通した。


目の前で仮面ごと頭が砕け散る光景を見せられて、さすがの残虐な鬼たちも驚愕する。

「て、てめえ、鬼か!女の顔を本気でぶち貫くって、人間のすることか!」

観客の鬼たちは、容赦のない太郎にドン引きしていた。

「あ、あんな残虐なことをするなんて。本当にあの太郎なのか……?」

貴賓席で観戦していた英雄は、あまりの所業に腰をぬかしてしまう。それを聞いた太郎は、ルイーゼの血にまみれた顔に笑顔を浮かべて言い放った。

「悪かったな。俺は異世界で本物の戦争をしていたんだよ。お前が知っている、陰キャで気弱な山田太郎くんなんてもうどこにもいないのさ」

それを聞いた英雄は、心の底から太郎に対して恐怖を感じた。太郎は次に、貴賓席てふんぞり返っている動児を睨みつける。

「いい加減に出てきたらどうだ。お前が仕掛けた遊びに付き合ってやったんだ」

「いいだろう。気にいったぜ。俺が相手してやろう」

動児は傍らに置いてあった金棒を手に持つと、その場でジャンプする。一とびで闘技場の中央に着地すると、ズシンという大きな音が響き渡った。

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