第17話 鬼族
しばらくして、太郎が戻ってくる。
「……どうやら、仲良くやれそうだな」
二人がなごやかにお茶会をしているのを見て、太郎はほっとする。
そんな太郎を、文乃はじろりと睨みつけた。
「美香さんから聞いたよ。タローにぃのせいで婚約が破棄になって、警察もやめちゃったんだってね」
「べ、別に俺のせいじゃ……」
何か弁解しようとするが、ピシャリと言われてしまう。
「言い訳しない。にぃのせいで迷惑かけられたんだから、しっかり責任をとるんだよ」
「は、はい」
しゅんとなる太郎だった。
「そういえば、太郎さんは何をしていたの」
「今からその説明をしようと思うから、ちょっと来てくれ」
二人を連れて、タワーマンションの中ほどの階に降りる。そこには、大量の現金と共に複雑な文字と絵が刻まれた魔方陣がいくつも設置されていた。
「これらは転送ゲートだ。亜空間を通して日本全国に転移できるようポイントを設置してきた。買い出しに便利なようにな」
「へ~面白い」
試しに一つの魔方陣に入ってみると、京都の伏見稲荷神社にある千本鳥居に出た。
「日本全国の八十八か所の鳥居につなげてあるから、好きに使ってくれ」
「やった~。これで観光し放題だ」
喜ぶ文乃だったが、美香は微妙な顔をしている。
「でも、警察はNシステムという自動顔認証装置で全国を監視しているわ。とくに観光地には防犯カメラがたくさん設置しているから、すぐに捕まっちゃうんじゃないの?」
それを聞いた太郎は、ニヤリと笑って銀色のペンダントをとりだす。
「大丈夫だ。「転移のペンダント」に念じればいつでもここに戻ってこれるから」
二人がペンダントを握りしめて念じると、元のタワーマンションの一室に戻った。
「むしろ、これからどんどん出歩いて、全国を巡るようにしてくれ。そうすれば警察を攪乱できるから」
いたずらっぽく笑う太郎に、二人は肩をすくめる。
「仕方ないね……やれやれ。これでボクも本格的ににぃの仲間かぁ」
「でも、面白いかも。ふふっ」
こうして、文乃と美香はシャングリラ島の住人となるのだった。
アルファルト工場や結婚式場の破壊、国会議事堂の襲撃、大日本ホテルの崩壊に加え、東亜銀行から三百億円の強奪と、次第に拡大していく太郎のテロ行為に、日本中が騒然となる。
多額の現金を強奪された東亜銀行では、顧客の現金引き出しに対応できなくなり、取り付け騒ぎが起こる。
「こんな銀行に金を預けていられるか!」
「早く俺の預金を降ろさせてくれ」
窓口には預金引き出しのための客が殺到し、銀行業務に大幅な支障をきたした。
政府は緊急融資をして銀行の信用を回復しようとしたが、その効果は薄かった。
「預金や財産を銀行に預けていても、あのテロリストが襲ってきたら全部奪われるんだ」
「政府や警察もあてにならない。自分の財産は自分で守らないと」
そんな声が広がり、人々は預けている資産を引き出して自宅に保管するようになる。それに伴い盗難も増えてきて、日本の治安はどんどん悪化していった。
もともと、国民の安全や資産を守っていたのは、警察をはじめとする「武力」である。それを上回る力をもつテロリストに、無力な民たちは誰を頼っていいかわからなくなり右往左往する。
信用を保証していた武力が通用しないテロリストの出現に、株や債券などあらゆる金融商品が暴落した。
そんな中で、一つだけ上昇を続ける商品がある。
「仮想通貨『アーク』を持っていたら、テロリストの脅威から逃れられるぞ」
「国は守ってくれないぞ。『アーク』に資産を移せ」
日本の無力さをしった金持ちたちは、こぞって太郎が作り出した仮想通貨『アーク』に投資し、その価値は爆上がりを続けていた。
ニュースでそのことを見ていた太郎は、含み笑いを浮かべる。
「くくく……これで味方と敵がはっきりするな。『アーク』を買うということは、俺の軍門に下ってこれから支援せざるを得なくなるということだ。俺がいなくなったら、大金を出して買った仮想通貨が無価値になるんだから」
そう思いながらテレビをみていると、次のニュースが目に入った。
「小笠原諸島沖に、新しい島が隆起しました。政府は近いうちに調査団を派遣する予定です」
映像では、「孀婦岩」を中心に周辺の海底が隆起し、大きな島ができた様子が移されていた。
「ここが俺の本拠地だと知れば、日本政府はいよいよ本格的に自衛隊を使った戦争を仕掛けてくるだろう。そろそろお遊びは終わりにしないとな。それじゃ、あの二人への復讐にとりかかるか」
自分が日本社会に絶望するきっかけとなった偽結婚式を仕掛けた二人の顔を思い浮かべると、胸がムカムカしてくる。
テレビではそのことで、法務大臣が記者たちに責められていた。
「それでは、あなたの息子があのテロリスト、山田太郎に結婚詐欺を仕掛けたということで間違いないですね」
厳しい顔をした記者が、容赦なくそう質問してくる。法務大臣は傷だらけの顔を真っ青にして、深く謝罪した。
「はい……申し訳ありません。私の教育が間違っておりました」
法務大臣は会見の席で深く頭を下げる。カツラが落ちて、ハゲ頭が露わになった。
「彼が出てきて、あのテロリストに呼びかけるべきでしょう」
「残念ですが……親である私にも、息子の居場所はつかめないのです」
大臣はそう言い訳する。彼の息子である浮田英雄は、結婚式会場の襲撃の時に傷を負い、入院していたのだが、
回復して退院した後、行方不明になっていた。
「何を白々しい。自分で逃がしたくせにな」
それを聞いて、太郎は鼻で嗤う。追跡魔法『呪標(マーキング)』を同級生たちに付けているので、彼らの位置は手に取るように把握できていた。
「えっと……英雄の現在位置は……なるほど。これは面白い」
地図で確認して、ニヤリと笑う。
「警察では俺に対抗できないからって、ヤクザを頼ったか。無駄なことを。組ごとぶっ潰してやる」
そういって、太郎は日本最大の暴力団「鬼来組」に向かって飛んでいくのだった。
日本の地下にある秘密都市
そこでは、年老いた男が、若くたくましい息子に対して説教していた。
「貴様、法務大臣の息子を我が組で預かることにしたそうだな。どういうことだ。ごほっ」
せき込みながらといつめる老人に対して、息子のほうは完全に開き直っていた。
「そいつは囮さ。今世間を騒がしているテロリストを捕まえて、全国の刑務所入っている舎弟たちと交換するんだ」
それを聞いた老人は、深くため息をついた。
「愚かな。我々の一族が、二度も「太郎」によって追われたことを、幼いころから言い聞かせてきたのに」
「知っているさ。でも大昔のおとぎ話だろ。一度目は大江山、二度目は鬼が島だったか?」
「そうじゃ。せっかく苦労してこの世界に作り上げた我らの住まいを、金の太郎と桃の太郎に奪われてしまった。三度目の過ちを繰り返すわけにはいかぬ。我ら一族は、「太郎」を名乗る者に敵対してはならんのじゃ」
老人の心配を、若者は鼻で嗤った。
「親父、心配しすぎだぜ。だいたい、今の時代「太郎」なんでだせぇ名前しているやつなんてそうそういるかよ」
「だが、そのテロリストの名前が……」
「ただの偶然だぜ。心配するな親父。この件で政府に恩を着せて、鬼族の権利を認めさせてやるから」
若い男はそういって地上に戻っていく。残された老人は、悪い予感を感じてため息をつくのだった。
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