第18話 異世界人召喚

近畿圏の某県庁所在地に建てられた、要塞のように巨大で頑丈なその邸宅の奥では、一人の若者が酒をがぶ飲みしていた。

「くそっ。太郎の奴め。陰キャの癖にいきりやがって。負け組なら負け組らしく大人しくしていればいいのに、変な力を振るって俺たちの結婚式をぶち壊しやがって」

グラスを叩きつけて八つ当たりする。ガチャンと大きな音がして、グラスは砕け散った。

彼に酌をしていたホステスたちも、それを見ておびえた顔になる。

「あんな奴のせいで秘書が続けられなくなった。親父の後を継いで大臣になり、いずれは総理まで狙っていたのに!」

太郎が暴れたせいで、法務大臣の息子である自分が偽結婚式を開いて結婚詐欺を働いたことが全国にばらされ、表を歩けなくなった。なんとか父親のコネで広域暴力団の本家に匿ってもらったが、内心ではいつ太郎が襲撃してくるかビクビクして、酒を飲んで現実逃避している。

その時、凶悪そうな顔をした男が部屋に入ってきた。

「坊ちゃん。酒を飲むのは構わねえが、乱暴なことをするのはやめてくれねえか?女たちが怖がっているぜ」

凶悪な顔をした男は、サングラスを外して英雄を睨みつける。その瞳は猫のように縦に細く、鋭い眼光を放っていた。

「は、はい。すいません」

圧倒的な暴力の匂いを感じ取り、英雄は借りてきた猫のように大人しくなる。それを見て、凶悪な男はニヤリと笑った。

「まあ、安心しな。俺たちが守ってやるからよ。あのテロリストを捕まえれば、刑務所にいる俺たちの仲間を全員解放してくれるって政府とも話がついているからな」

ガハハと大口を開けて笑う。その犬歯は、人間とは思えないほど尖っていた。

「で、でも、あいつは変な力を使って警察にも手に負えないみたいだし……」

「ぐふふ。警官なんぞ所詮はただの人間さ。俺らには俺らのやり方があるんだよ。まあ、任せておきな。奴には傘下のアスファルト工場を潰された借りもあるしな」

そううそぶく彼の名前は取天動児。鬼来組の組長の息子で若頭である。

「俺らは裏の世界で生きているアウトローだ。当然、表の世界では知られてないことも知ってるし、それに対抗できる人材も用意できる」

「え?あいつに対抗できる人材って?」

希望を見出して、英雄の瞳に光が戻る。

「おう。ちょうど準備が整ったところだ。あんたにも見せてやるよ」

そういうと、動児は英雄をつれて屋敷の地下に降りていくのだった。


地底都市「鬼我原」

地下にあるこの都市には、千人ほどの住人が暮らしていた。そこにいる住人は誰もが大きな体躯をしており、さらに頭に二本の角をもっている。

「えっ?あれって……」

「そうさ。俺たちは『鬼族』だ。ようこそ。われらが地底都市「鬼我原」へ」

動児はそういって、ニヤリと笑った。

「驚いたか?「鬼来組」の幹部は全員鬼族だ。くくく……俺達の先祖はここではない異世界から流れて来たんだよ。普段は変化術で人間に化けているけどな」

そういって動児はカツラを脱ぐ。つるっばげの頭には、ひときわ鋭くて短い角が生えていた。

「昔は瀬戸内海の島に住んでいたんだが、桃源太郎とかいう異世界帰りの勇者に潰されたんでな。その後、ここに流れてきて、地下都市をつくったって訳だ」

動児たちが人間ではなかったと知らされて、英雄は恐怖に震えた。

「ま、まさか、俺を食べたりとか……」

「たしかにお前は美味そうだな」

動児は英雄を妙な目つきで見る。おびえた顔をする英雄を、動児は笑いとばした。

「バーカ。冗談だ。しねえよそんなこと。だいたい、今の時代肉が食いたきゃいくらでも食えるだろうが。人間を直接食うより、支配下に置いて働かせて食料をつくらせたほうが効率的だしな」

動児は英雄の肩をどやしつけると、独り言のように言う。

「この日本は、ずっと昔から俺たち鬼族の縄張りなんだ。それを荒らす奴はただじゃおかねえ」

そういうと、英雄を地下都市の中央に建てられたコロシアムに連れて行った。そこではローブを纏った鬼族の魔導士が、複雑な召喚用魔方陣を描いている。

「何をするんだ?」

「太郎とかいう奴を確実に倒せる人材を異世界から召喚するのさ。はじめろ」

「はっ」

魔術師たちは頷き、召喚対象を設定する。

「山田太郎を掣肘できる存在を召喚」

呪文を唱えると、魔方陣が輝き始める。その中央にゲートが開かれ、その中から一人の人影が現れた。


ゲートを通って現れたのは、白い豪華なドレスを纏った華奢な美少女だった。思っていたようなものと違ったので、動児は不機嫌な顔になる。

「おい。まさか失敗したんじゃねえだろうな」

「少々お待ちください。『鑑定』してみます」

魔導士たちが杖を振ると、空中に「『聖女 レベル99』と表示が現れた。

「ふむ。『聖女』か。何か奴と関係がある人物なのかもしれんな」

動児がそう呟いた時、倒れていた少女が目を開けた。

「こ、ここはどこでしょうか……?体が動きません…」

かすれた声をあげる少女に、冷酷に告げる。

「ここはお前のいる世界とは別の世界。『日本』という場所だ」

「『日本』……では……タロウ様の国?」

そう呟いた時に、ㇵッとなる。

「あなたたちは誰ですか?お願いします。私を還してください」

きっとなって周囲を見渡すが、周囲の男たちはニヤニヤといやらしい目で見つめてくるだけだった。

その中でもひときわ狂暴そうな男が聞いてくる・

「てめえ、山田太郎のなんなんだ?」

「タロウさまですか?」

そう聞かれた少女は、少し考えるそぶりをしながら答えた。

「タロウさまは……私たちの恩人です。私たちの世界を救っていただきました」

少女の顔に憧憬と尊敬が浮かぶのを見て、今まで黙ってみていた英雄が不快そうに怒鳴りつけた。

「んなものはどうでもいい。てめえとの関係を聞いているんだよ」

「私は……タロウさまとのパーティメンバーでした」

そう答える少女の顔が、かすかに赤くなることを動児は見逃さなかった。

「ほう。どうやらお前はあいつの女みたいだな」

「なら、ちょうどいいな。こいつを人質にして……」

そう提案してくる英雄に、動児は首を振る。

「いや、もっと面白いことがある。おい、アレをかぶせろ」

動児の命令により、魔術師の一人が奇妙な仮面をもってくる。それは怒り狂った般若の面だった。

「この『般若の面』は、俺たちの先祖が異世界から持ちこんだ呪いのアイテムだ。これを付けたものは、自我を失って凶戦士になり、命令に抗えなくなる」

邪悪な呪いのアイテムが美少女に迫る。

「くっ……やめなさい。そんなものを付けるくらいなら、死んだほうがましです。いっそ、殺しなさい!」

美少女はもがくが、召喚のショックで体が痺れてまともにうごけない。

「グ……グヲァァァァァ」

ついに面をつけられ、可憐な喉から獣のような咆哮が湧き上がるのだった。

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