第16話 ビルドプラント
太郎と文乃は一度亜空間を通り、別の場所に移動する。
二人が現れた場所は、広大な平地が広がる島だった。
島の中央に緑色の巨大な岩でできた塔があり、あちこちに窓が開いている。その他には建造物など一切存在しなかった。
「ここはどこ?」
「小笠原諸島の南に俺が作った島だ。『シャングリラ島』という」
太郎は文乃を連れて、中央塔へと向かう。その中から一人の美女が出てきた。
「太郎さん。おかえりなさい。あら?その方は?」
「俺の妹分の金田文乃だ。今日からここに住むことになった。面倒みてやってくれ」
それを聞いた美女は、にっこりと笑って文乃を歓迎した。
「文乃ちゃん。いらっしゃい。私は林美香。ここには私しかいないから、退屈していたの。来てくれてうれしいわ」
友好的に握手を求めてくる。文乃は戸惑いながらも握手
を返した。
「……タロ―にぃ。この人とどんな関係?」
「えっと……」
太郎が答える前に、その美女は笑顔で自己紹介した。
「私は太郎さんの愛人候補なの」
「あ、愛人候補?」
文乃はびっくりして、大声をあげてしまった。
「ちょっとタロ―にぃ。どういうことなの?愛人候補って!」
「まあその……成り行きというか……責任とれって押しかけられたというか……」
歯切れの悪い太郎に、文乃はますます怒りを募らせた。
「せ、責任とれって?まさか、無理やり……」
「ち、違う。そういう意味じゃない」
史上最悪のテロリストともあろうものが、うろたえている。その様子を美香は面白そうに眺めていた。
「と、とにかく、俺には用事があるから、詳しくは美香に聞いてくれ」
「あ、こら!待て!!」
文乃の追及にたじたじとなった太郎は、空間の穴に入り込んで逃げ出してしまった。
「きーーっ!悔しい、逃げられた!」
地団駄踏んで悔しがる文乃を、美香はまあまあと宥めた。
「どうどう。説明は私がしてあげるから、とりあえず中でお茶しない?ここは暑いしさ」
確かにここは南国らしく太陽の日差しが強く、日本より気温が高かった。
「……わかりました」
文乃は美香に連れられて、タワーマンションに向かう。緑色の岩でできていると思ったが、よく見たらその表面は緑色の細い蔦にびっしりと覆われていた。
「これ、すごいですね。植物の蔦に覆われている家はたまに見たことありますけど、高層ビルごと覆われているのは初めてみました」
「太郎さんが異世界から持ち帰った植物だって聞いたわ。「ビルドプラント」といって、建物の強度を高めるとともに内部の温度調節もしてくれるの」
タワーマンションに入ると、ひんやりとした空気が文乃を包んだ。
「涼しい」
「建物を覆う植物から、適度な水分を放出して内部を冷やしているそうよ。滝の側にいるみたいなマイナスイオン式冷房で、体調が悪くなったりもしないの」
そういうと、美香は建物の中を進む。内部は岩づくりの部屋に、緑色の蔦が入り込んでいるような光景だった。
「えっと……とりあえず最上階に行きましょう」
ひときわ太い幹のようになっている蔓の扉を開けると、内部は空洞になっていた。
「これって何ですか?」
「植物の水の通り道『導管』。エレベーターとして使っているの。ほら、見てごらんなさい」
文乃が中を覗き込むと、下から植物の葉のようなものが上がってきて、扉の所で止まる。
「さ、行きましょう」
美香に連れられて空洞の中に入り、葉の上にのった。
「なんだか、床がふかふかします」
「仕方ないのよ。この葉は液体に浮いているからね」
「液体に?」
文乃が驚いていると、扉がぴったりと閉じる。同時にすごい勢いで上昇を始めた。
「うわわっ」
「大丈夫。すぐに慣れるわ。植物が水を吸い上げる力を利用して、エレベーターにしているの。ほら、ついた」
葉の上昇がとまり、扉が開く。そこは展望台らしく、晴れ渡った空と360度遮るものがない景色を見渡すことができた。
ここは本当に島であるらしく、平坦な地面の先には太平洋の大海原が広がっている。
「うわー解放的。きれい!」
「喜んでもらえてよかったわ。えっと、文乃ちゃんは何がほしい?」
はしゃいでいる文乃をやさしい目でみると、美香は注文を聞いてきた。
「えっと、それじゃコーヒーでお願いします」
「わかったわ。ホットとアイス、どっちにする?」
「それじゃホットで」
文乃の言葉にうなずくと、美香は壁に突き出ている蔓の赤い部分の先をひねる。すると、そこから熱い湯が出てきた。
「どうぞ。熱いから気をつけてね」
恐る恐る飲んでみると、本当に熱かった。
「熱い。でも、どうしてお湯がでるんですか?」
「なんでも、この植物は光合成と太陽光発電を同時に行っていて、お湯はその体内電気で沸かしているんだって。異世界では照明としても使われているみたいよ」
美香が蔓の一部分を押すと、蔓から生えている花の部分がパッと明るくなった。
「……なんていうか、すごいですね」
「ええ。おかげて快適に暮らしているわ。それじゃお茶にしましょう」
岩でできたテーブルに座る。こうしてお茶会が始まった。
二人はしばらく雑談をかわす。最初は緊張していた文乃も、気さくな美香にすぐ打ち解けていった。
「このコーヒー、おいしいですね」
「砂糖の代わりに、マナっていう果実の果糖を入れているのよ。いくら飲んでも太らないんだって」
「へ~それなら安心です」
調子に乗って飲んでいると、生理現象に襲われてしまった。
「あの、トイレは……」
「こっちよ」
美香に案内されて展望台の一角にある小部屋に入ると、そこには奇妙なものがあった。
大きなウツボカズラのへたのようなものが、個室に分けられたスペースに鎮座している。
「あの……これは……」
「うん。これがトイレ。大丈夫。使い方は普通のトイレと一緒だから」
そいうってドアを閉めてしまう。恐る恐る座って用を足すと、自動で水が流れて洗浄されていった。
「あの……これって……」
「うん。下水は根っこのほうに流れていって養分になるんだって。ある意味、食虫植物と同じシステムよね」
ちょっと美香も微妙な顔になってしまう。
「よく考えたら、ここって絶海の孤島ですよね。水はどこから来ているんですか?」
文乃の疑問に、美香は苦笑して答えた。
「この建物内の水道は、すべてビルドプラントで賄っているの。水は根で海水をくみ上げて、プラントの体内で塩分を濾過して作っているんだって、太郎さんはいっていたわ。大浴場もあるわよ」
「お風呂!」
それを聞いて、文乃は眼を輝かせる。
「うわ~楽しみ。ボク風呂無しトイレ共同の築70年アパートに住んでいたもんで、お風呂のある生活にあこがれていたんです」
「そうなの……苦労したわね」
それを聞いて、美香は同情してしまった。
「そういえば、美香さんはなんでここに来たんですか?」
「えっとね。前は婦人警官をしていたけど、婚約者に無理やり凶悪なテロリストである太郎さんの相手をしろって言われて…」
美香が自分の事情を話すと、文乃は憤慨した。
「ひどい。どこにでもそんな人はいるんですね。私も従姉妹に裏切られて、邪悪なテロリストであるタロ―にぃへの囮にされちゃったんです」
それを聞いて、美香は思わずふふっと笑ってしまった。
「そうなの……私たちって似ているかもね。テロリストである太郎さんのせいで人生狂わされたんだから、責任とってもらわないと」
「そうですよ。一生養ってもらうつもりです」
二人はそういって笑いあうのだった
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