第13話 金田文乃

「ふぇ~高そうなレストラン。ボク、こんな格好で大丈夫かな」

文乃はレストランの入り口で尻込みしてしまう。彼女がきているのは安物のリクルートスーツで、あきらかに他の客に比べて浮いていた。

入口で立ち往生している彼女にむかって、通行人がクスクス笑っている。

「ねえ、あの子みて」

「かわいそう。どう考えてもあんな服じゃ入店を断られてしまうだろうな」

そんな声が耳に入って、文乃は顔を真っ赤にした。

「やっぱ恥ずかしいや。帰ろう」

そうおもって踵を返した時、中から店長が出てくる。

「金田文乃様でございますね。お待ち申し上げておりました。こちらへどうぞ」

そういって店内に招いてくる。覚悟を決めた文乃は店内へと入っていった。

一番奥の個室に入った時、中にいる人物をみて硬直する。

「あれ?ボクがいる……」

中にいたのは、文乃を少し年齢を重ねさせたような顔をしている女性だった。

いかにも高級そうなスーツに身を固め、最先端のバックを携えている。

その女性は、文乃を見て笑顔を浮かべた。

「文乃ちゃんね。あなたの従姉の菊川静よ。会いたかったわ」

そういって席に招くのだった。

最初は緊張していた文乃だったが、運ばれてきたフルコースをみて顔を輝かせる。

「おいしそう」

「どうぞ。最高級のコースを振舞わさせてもらったわ。大事な従妹のためですもの」

そういって、静は微笑んだ。

和やかな雰囲気で食事が進み、ワインを飲んだ文乃はすっかり警戒心を解く。

「え?お母さんはあの大手警備会社、菊川警備の会長令嬢だったんですか?」

「そうなの。でも、親が決めた相手と結婚したくないって家を飛び出して、それからずっと行方知れずだったの。まさか、叔母様に娘がいたなんて……知っていたなら」

ハンカチを取り出して、よよよと泣く。そんな様子をみて、文乃はすっかり彼女に心を許していた。

「あはは。気にしないでください。施設では結構みんなと楽しくやっていましたから……まあ、今は無職ですけど」

明るく笑う文乃に、静は告げた。

「もしよかったら、菊川警備に就職しない?あなたもオーナーの一族の血を引いているのですもの。喜んで採用させてもらうわ」

「いいんですか?」

渡りに船の話で、文乃は目を輝かせる。

「もちろん。コネ入社を優遇させるわけにはいかないから、最初は現場仕事になるけど」

「かまいません。体力には自信あります」

そういって腕まくりをする文乃。静はうまく獲物がワナにかかったと、腹の中で舌をだすのだった。

そして一週間後、簡単な研修を受けた文乃は、警備服を着て東亜銀行の大金庫室前に立っていた。

「あの……いきなりこんな重要な役目を与えられて、大丈夫なのでしょうか」

「いいの。警備自体はわが社が開発した完全自律型警備ドローンが行うから」

スーツを着た静は、自信満々にそのあたりを飛び回っている100台のドローンを指さす。掃除ロボットにヘリコプターの羽がついたようなそのロボットは、自動で金庫室の大扉の前につくられた広い空間を飛び回っていた。

「あなたは見張り役。ドローンが故障した時に連絡して」

「わかりました。お任せください」

ドンと薄い胸を叩く文乃。静はうまくいったと含み笑いを浮かべるのだった。


東亜銀行の本店営業部

黒い鎧兜に黒マントの怪人が現れたのは、始業時間すぐの午前九時だった。

「ここに菊川静という女がいないか?ちょっと用があってな」

鎧兜の怪人に聞かれた受付嬢は、顔を引きつらせながら答えた。

「は、はい。お話は伺っています。では、こちらに」

そういうと、地下へと案内する。

「あいつは頭取秘書だったはずだが。頭取室にはいかないのか?」

「偽結婚式に出席したことが問題にされて、地下金庫番に左遷されちゃったんです」

「ふむ……面白いな」

自分が暴れたせいで、同級生たちが肩身が狭い思いをしていることを聞いて、太郎は満足の笑みを浮かべた。

「金庫番とはな。用事が一気に片付きそうだ」

いい気分になりながら、エレベーターを降りていく。金属製の重厚な扉を開けると、張り切った様子で金庫室の扉の傍にたつ少女が目に入った。

「よう。菊川。学生時代は金持ちのお嬢様だって威張ってたお前が、金庫番とはな。ざまぁないな」

警備服の少女に近づいて話しかけると、彼女は眼を丸くした。

「えっ?タロ―にぃ?」

「え?その言い方は……」

太郎はあらためて少女を見つめる。顔は菊川静によく似ていたが、まとっている雰囲気がまったく違った。

「……もしかして、文乃なのか?」

いつもニヒルな笑みを浮かべていた太郎に、初めて人間らしい驚きの表情が浮かぶ。目の前にいる少女は、家族がいない太郎にとって、妹にも等しい存在だった。

文乃との再会に、太郎の意識が一瞬彼女に集中する。

次の瞬間、案内の女性行員は脱兎のように逃げだすと、部屋の外のボタンを押した。

すさまじい勢いで金属の扉が閉められ、ロックされる。

「……どうやら、閉じ込められたみたいだな」

「そんな……」

文乃が絶句すると、部屋のモニターが映った。

「あははははは。さすがバカ太郎ね。こんなワナにひっかかるなんて」

モニターに映ったのは、文乃と同じ顔をした女、菊川静だった。彼女はいつもの取り繕った顔をすてて、狂喜の笑いを浮かべている。

「バカなあんたなら、私にそっくりな囮を用意したらひっかかると思ったけど、うまくいったわ」

「そんな。静ねえさん。ボクを囮にしたの?」

それを聞いて、文乃がショックを受ける。

「気安くねえさんなんて呼ばないでくれるかしら。気持ち悪い」

そういって、静は冷たい目を向けてきた。

「従姉妹というのは嘘だったの?」

「残念だけど、それは本当のことよ。あんたみたいな庶民と血がつながっているなんて、おぞましいけどね。でも私の身代わりとして役に立ってくれたわ」

そういって、蔑むように笑う。

「そんな……初めて、親族ができたと思ったのに」

ショックを受けて崩れ落ちそうになる文乃を、太郎が支えた。

「お前は昔からそんな所があったよな。自分以外を見下して、利用するみたいな」

「そうよ。私は大金持ちのお嬢様。みんなから奉仕されて当然なの」

太郎の嫌味を、静は華麗にスルーする。

「俺達を閉じ込めて、どうするつもりだ」

「うちの会社の完全自律型防犯ドローンの宣伝に使わせてもらうわ」

その言葉とともに、複数の警備ドローンが浮き上がり、その側面いっぱいに銃口が開かれる。

「銃弾じゃ俺は倒せないぞ」

「わかっているわ。そこから出るのは銃弾じゃない。レーザーよ」

チュンという音とともに、一台のドローンの銃口から太郎に向けてレーザーが発せられる。それは太郎のマントに当たり、穴をあけた。

「レーザーは光だからあらゆる力の影響を受けづらい。あなたのシールドとやらも貫通するわ。それじゃ、さよなら。レーザーにバラバラに切り刻まれなさい」」

円形ドローンの周囲に現れた銃口が輝き、部屋中を隙間なく照らす。

「ひっ。もうだめ!」

文乃が目をつぶった瞬間、部屋いっぱいにレーザーの光が充満した。


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