第12話 シャングリラ島
太郎による大日本ホテル襲撃は、日本全国に衝撃を与えた。人々は個人で巨大なビルを破壊でき、警察の武力をもっても制圧できないテロリスト山田太郎に心から恐怖した。そのため、なんとか彼の襲撃から逃れる方法を探し始める。
「あのホテル襲撃で、危機感を覚えた奴らも出始めたな。いつ俺に襲われるかもしれないと考えたら、気が休まる暇もないだろう」
太郎は仮想通貨『アーク』販売画面を見てほくそ笑む。市場に出していた『アーク』は一瞬で売り切れ、それでも欲しがる個人や企業が大量に買い注文を出していた。
「面白いから、ちょっとコインを放出してみるか」
仮想通貨『アーク』など、所詮は太郎が勝手に作った電子データに過ぎず、いくらでも発行することができる。
「ほれ。5コインを500万で売り注文っと」
一瞬でコインの値が跳ね上がり、五百万での売買契約が成立する。それとともに、市場での値上がり率№1に躍り出た。
「なにこれ。こんなに爆上がりするの?俺も欲しい」
「これは新しいな。テロリストからの免罪符が『利益』になるコインって。あいつが暴れれば暴れるほど、価値が上がるってことか」
湧き上がるコメントを見て、太郎は冷笑する
「所詮、金などただのデータ、人々が信じるから成立しているだけの幻にすぎない。そんなものをありがたがって、必死に貯めていた昔の俺は愚かだったな」
そうつぶやきながら、アークを売った金を引き出そうとしたが、すでに口座は凍結されていた。
「やっぱりこうなったか。まあいい。次のターゲットは銀行だ。って、その前にそろそろ俺の根拠地を作っておくか」
そうつぶやくと、太郎は空を飛んで南を目指す。
伊豆半島から海にでて、先を目指すと、まるでゴジラのように海上にそびえたつ一本の巨大岩が目に入った。
小笠原諸島の一つ「孀婦岩」である。
周囲80キロに何もない大海原にそびえたつこの岩は、巨大な安山岩でできた海底地盤に立てられた高さ100メートルのローソクのようなものだった。
「予想通りだな。この周辺なら固い岩盤をもっていそうだ。『引力』」
全力で魔力を振り絞って、周囲数十キロにわたる海底岩盤に空間魔法をかける。ゆっくりと岩盤が隆起していき、ついには海上にでる。孀婦岩を中心とした島ができあがった。
「よし。次にこの岩を削って……」
魔法を使い、慎重に内部をくりぬいていき、形を整える。
孀婦岩は、瞬く間に巨大なタワーマンションに生まれ変わった。
「よし。ビルドプラントの種を植えて……」
異世界から持ってきた二つの植物の種をまく。それはみるみる成長して、岩でできたタワーマンションを覆っていった。
「ここを俺の根拠地にしよう。そうだな。異世界の名前をとって「シャングリラ島」にするか。ここにシャングリラ世界の魔物を召喚して守らせよう」
自らの領土を作り出した太郎は、孀婦岩の頂上からあたりを見下ろし高笑いするのだった。
東亜銀行
頭取室では、気弱そうな男が頭を抱えて震えていた。
「政府の要請で、あのテロリストの口座を凍結したが、奴はきっと怒り狂って襲い掛かってくる。うちの銀行がターゲットにされたら、どうすればいいんだ……警察は当てにならないし」
そう嘆く頭取を、美人秘書が元気づけた。
「大丈夫ですよ。奴が来たら罠にかけて捕まえてやればいいんです」
「というと、菊川君には何が考えがあるのかね」
すがるように頭取が視線を向けたのは、菊川静。大手警備会社の会長の孫で、小柄で高校生のように見える可愛らしい容姿を誇るが、れっきとしたキャリアウーマンである。また、彼女は太郎の同級生で、偽結婚式にも出席していた。
「お忘れですか?私の実家での商売を。そこで最新式の防犯装置を開発しました」
そういいながら、装置の資料を渡す。
「ううむ……設置費用が百億円もかかるのか……」
「お客様の大切な財産を守るためには、必要な経費ですわ。それに、警察すら対処できない奴をとらえることができれば、銀行の信用力も増すことでしょう」
渋る頭取を説得する。
「だが、奴が素直に罠にかかってくれればいいが……」
「そのことなら、私に心当たりがあります。すべてを任せていただけませんでしょうか」
自信満々の様子に、頭取もついに彼女に任せることを決めた。
「では、どうすればいい?」
「まず、餌になりそうな者を金庫番として雇いましょう。奴を誘い込むために」
そういうと、一人の女性のリストを提出する。それは彼女にそっくりな女性の調査書だった。
とあるアパート
「……残念ですけど、今回の面接はご縁がなかったということで。これからのご健闘をお祈りさせていただきます」
質素な風呂無しトイレ共同築70年アパートの一室でその通知を受け取った少女は、重い溜息をついた。
「はぁ……またお祈りメールかぁ。ボクこれからどうしたらいいんだろう。失業保険もそろそろ切れそうだし」
彼女の名前は金田文乃。明るい雰囲気と小柄な身体をもつ18歳の美少女だったが、徹底的に運が悪かった。
幼いころ両親を病気で無くし、施設で育てられた。なんとか高校は卒業したが、就職した中古車販売会社では不正な車両修理が表ざたになり、倒産に追い込まれた。
慌てた文乃は必死に就職活動をしたものの、何のコネもなく学歴も資格もない彼女に世間の風は厳しく、正社員の仕事はなかなか見つからなかった。
「こうなったら、夜の世界に飛び込むか。でも、胸廻りに自信がないんだよなぁ……」
文乃は自分の胸を見下ろして再びため息をつく。そこにはなだらかな平原が広がっていた。
「はぁ……」
気分転換にテレビをつけると、最近世の中を騒がしているテレビニュースが目に飛び込んでくる。
「テロリストの山田太郎の足取りは、未だつかめておりません。皆さま、彼を見つけたら刺激せず、すぐに通報していただけるようにお願いします」
引きつった顔のアナウンサーが懇願している。テレビでは、大日本ホテルでの太郎と警察との闘いが映し出されていた。
「タロ―にぃ……やりたい放題やってるなぁ。でも、いったい彼に何があったんだろ」
テレビを見ながらそうつぶやく。実は文乃は太郎とは同じ施設で育った幼馴染だった。
「あはは。山田太郎って。なんのひねりもない名前じゃん。タロ―にい」
そうからかう文乃に、太郎は憮然とした顔で答える。
「仕方ないだろ。お前と違って俺は親の顔もしらない孤児なんだから。だから施設長が適当につけたんだよ」
そういって拗ねる太郎に、文乃は抱き着く。
「いいじゃん。タローって名前かわいいよ。ワンちゃんみたいに」
そう慰める。二人は兄妹のように仲がよかった。
そんな二人も太郎が高校を卒業してからはなかなか会えずに疎遠になり、交流が途絶えている。
そして再び彼女が太郎を目にしたのは、なんとテレビのニュースだった。
「史上最悪のテロリスト、山田太郎」
太郎のことの特集ニュースをみたとき、文乃はびっくりして飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。
「タ、タローにぃ。なにやってんだよ」
テレビの中の太郎は凶悪そうな顔で、次々に人を傷つけ、町を破壊していた。
「タロ―にぃはあんな人じゃない……と思うんだけど、会わなくなってから何があったんだろ」
釈然としない思いに駆られるが、今の彼女にはもっとやるべきことがあった。
「……それより、なんとかして就職口を見つけないと。でも、学歴も資格もないボクを雇ってくれる所ってあるんだろうか。体力だけは自信あるんだけどな……」
そう思った時、アパートの郵便受けから音がした。開けてみると、封筒が入っている。
「なんだろ。また請求書かな……水道だけは止めてほしくないんだけどな……」
おそるおそる開けてみると、なんと彼女の親族を名乗る女性からの手紙だった。
「なになに……私はあなたのお母さんの姉の娘です。ぜひ一度お会いしたいと思います」
要約するとそんな内容の手紙と共に、高級レストランのチケットが入っていた。
「……暇だし、会ってみるか。一食浮くし」
そんな考えで指定されたレストランに出向くが、このことが彼女を波乱に満ちた人生へと導いてしまうのだった。
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