第2話 ブラック工場破壊
アスファルト工場
大勢の若者が、厳しい労働環境で働かされていた。
「オラ!お前たち、怠けるんじゃねえぞ。死ぬ気で働け!」
竹刀をもって歩き回っているのは、工場長の小山内長利。まだ20代前半の若者ながら、社長である親のコネで工場長の地位に就いていた。
「オネガイシマス……キュウケイヲ……」
竹刀で叩かれた外国人の若者が、片言の日本語で訴えるが、長利は耳を貸さない。
「うるせえ。このアジアンども。不法滞在のお前たちを雇ってやっているんだ。ありがたいとおもえ」
そう激を飛ばし、蹴り上げる。蹴られた外国人の若者は、苦痛の声をあげながら作業に戻った。
(……くそ……いい気になりやがって……)
(パスポートさえ取り上げられていなければ……)
従業員の若者たちは、恨みがましい視線で長利を睨みつける。
彼らが働く小山内工業は、ブラック中のブラック、最底辺の労働環境を誇る企業である。また裏社会とのつながりも噂されていた。
一日の労働時間は14時間にも及び、さらに月給は八万円。とうぜんこんな労働条件ではまともな労働者は集まらないので、不法滞在の外国人、親がいない施設育ちの子ども、元ひきこもりやニート、借金を抱えたホームレス、刑務所帰りの元犯罪者など、脛に傷をもつ者や後ろ盾になる人がいない無力な者を集めて働かせていた。
彼らを管理監督する者もヤクザの下っ端で、鬼のような態度で従業員に接している。
「いいか、ノルマを果たすまでは休憩はなしだぞ」
そういいすてて、工場長の小山内長利は事務室に戻る。そしてモニターで監視しながら、届いた郵便物を確認していた。
「なになに?英雄と夏美の結婚式の案内だって?ちっ。また祝儀がかかるじゃねえか。まあ、奴らの給料を減らして捻出すればいいか」
届いた案内状を確認して、舌打ちする。
「そういえば、あれから太郎の奴はこなくなったな。もっとこき使ってやろうとおもっていたんだが」
長利は太郎が工場で働いていた時、徹底的に仕事を押し付けてこきつかっていた。名ばかり班長として、労働者たちの管理を一任していたのである。
そうしておいて、ノルマが未達の時は日本人である彼に責任を押し付けて残業させる。都合のいい駒として扱っていたのである。
「労働者たちの不満がたまっている。あいつに代わる、都合のいい駒をまた見つけないといけないな。奴らのヘイトをぶつける生贄として」
そうつぶやいたとき、いきなり建物全体が激しく振動した。
「な、なんだ?地震か?」
慌てて机の下に入り、頭を抱えてうずくまる。いきなり発生した建物の揺れは、数分後に唐突に収まった。
「やれやれ。やっと終わったか。設備に被害が出てなければいいけどな……」
そう思って工場を見に行った時、その扉がバーンと開かれ、一人の男が入ってくる。
それは、真っ黒い鎧兜に黒いマントを羽織った奇妙な男だった。
「……ここに来るのも久しぶりだな。相変わらずのブラック企業のようだ」
入ってきた男は、そうつぶやいた。
「な、なんだてめえは!」
あまりに異様な光景に、長利の取り巻きの社員たちが詰問する。黒い男はそちらをちらっと振り返ると、よく通る声で宣言した。
「今日でこの工場も終わりだ。すべてを破壊してやる」
そう告げると、男は巨大な機械にむけて手を差し伸べる。
「空間魔法『ホワイトホール』」
男の手から複数の白い玉が発せられる。それが機械に触れた瞬間、いきなり爆発がおこり、機械の破片が飛び散った。
「な……な……」
巨大な機械が次々に破壊されスクラップにされていく。一瞬で広い工場の大部分を占めていた機械群が、ただのガラクタと化して散らばった。
「て……てめえ、何をしたんだ」
「空間を操る俺の能力の一つさ。物体がしりぞけあう力ー『斥力』を凝縮させた玉を対象物に当てて、内部から爆発させる技。これでこの工場も終わりだ」
男は振り返って、ゆっくりと兜を脱ぐ。日の下からは、少し前までこの工場でこき使われていた下っ端の顔が現れた。
「でめえ!」
太郎の顔をみた瞬間、長利の取り巻きの男たちが襲い掛かる。太郎は面倒そうに男たちをみると、軽く腕を振った。
「空間魔法『引力』」
次の瞬間、全身に強い衝撃が走り、男たちは吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「な……何を……しやがった」
「これも俺が異世界で得た力さ。物体が引きつけ合う『引力』だ」
男たちの前でに仁王立ちして、そう告げる太郎。長利の取り巻きの男たちは、元ヤクザの刑務所帰りで、誰もが屈強な身体をもつ大男たちだった。そんな男たちが、太郎の腕の一振りで戦闘不能に陥っている。
「ひ、ひいっ」
それを見た長利は、訳の分からない恐怖を感じて工場から逃げ出した。
「逃げた……」
「あんなに威張っていた工場長が……もしや、彼は我々を救ってくださる救世主なのか?」
周りの外国人労働者たちは、その姿に畏怖を感じてその場で彼を拝み始めた。
「神よ……」
太郎はそんな彼らを無視して、逃げ出した長利を追いかける。工場から出て事務室に入ったところで、長利から怒鳴りつけられた。
「てめえ!来るんじゃねえ。ぶっ殺すぞ」
事務室の奥では、長利が震えながら拳銃を構えて太郎にむけていた。
それを見て、太郎はニヤッと笑みを浮かべる。
「そんなものが俺に通じると思うなら、うってみろ」
「なめんじゃねえ!」
頭に血が昇った長利は、本当に引き金をひく。ダーンという音とともに弾丸が発射され、太郎にむけて一直線に放たれた。
「ざまぁみろ。えっ?」
勝利を確信していた長利だが、目の前の光景に絶句する。銃から放たれた弾丸は、太郎から数センチ離れた空間に固定されていた。
「『斥力シールド』。斥力で自分の体を覆えば、鉄壁のシールドを作り出せる」
太郎はそう告げると、ゆっくりと長利に向けて歩みをすすめる。
「あわっ、く、くるな。化け物!」
パニックになった長利が何度拳銃を撃っても、太郎の体を包むシールドに阻まれて何のダメージも与えられなかった。
「とりあえず、仕返しの一発だ」
シールドに包まれた太郎が、拳を繰り出す。
「ぐべっ」
まるで鉄のハンマーで殴られたような衝撃を顎に受け、長利は白目を剥いて気絶した。
「おいおい。だらしないな。この程度で気絶されたら、俺の気がすまないんだけどな」
太郎は気絶した長利を見降ろし、つまらなさそうにつぶやいた。
「さて……どうしようか。このままぶっ殺してやってもいいけど、すぐ楽にしたらこき使われた俺の気が済まない。こいつにはもっともっと苦しんでもらわないと」
腕を組んで考え込んでいると、奥の金庫が目にはいった。拳銃をとりだした後閉める余裕がなかったみたいで、開いたままの中には外国人たちのパスポートと何千万もの金が入っている。
「いいことを思いついた」
そうつぶやくと、工場で土下座している外国人労働者に呼びかけた。
「おーい。お前たち。パスポートと金を返してやるぞ」
金庫の中にあったパスポートを返し、現金を分け与える。
「よろしいのですか?」
「いいって。お前たちは今までさんざん搾取されてきたんだ。金を受け取る権利がある。この金で故郷に帰ればいい」
金とパスポートを受取った外国人労働者たちは、涙を流して太郎に感謝する。
「ありがとうございます、神よ……」
「いいさ。それより早くいけ。他の社員たちがくると面倒なことになるぞ」
太郎の言葉をきいた労働者たちは、礼をいいつつ逃げ去っていった。
「くくく……これで金も機械も労働者も失った。この工場も倒産だろう。これから人生ハードモードになるだろうけど、頑張れよ」
そう高笑いしたとき、机の上にあった結婚式の招待状に気づく。
「夏美のやつ、英雄と結婚式をするのか。なら、この間の礼をしてやらないとな」
そうつぶやくと、太郎は工場から去っていくのだった
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